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Dr.エイル

 
「銃声が鳴り響くこの街…
だれもが命を軽視するこの街…

さびしいこの街…

だけど…

僕は知っている。
命の大切さを…

助けられたんだ…
 

あの人に…
 
 
 
 
 

『Dr.エイル』
 
 
 
 
 

スラム街の廃ビル…

「ちっ、今日の稼ぎはこの程度かよ。」

柄の悪い男達の中に一人の少年はいた。

「す、すみません…どうしても警備が厳しくて…。」
「はん、警備が厳しければこれを使えって言っただろうが。あぁん」

その中の男の一人が少年ののど下に銃を突きつけた。

「す、すみません。」

少年の声は恐怖で振るえていた。

「ほんとにわかってるのかよ!」

銃を突きつけた男は少年の腹を殴りつけた。

「かはぁ。す、すみません。」

そのとき一番大きな男が口を開いた。

「その程度にしておけ。」
「へい、ボスがそういうのでしたら。」

男は銃を下ろした。

「この街じゃ命なんて安いものだ。たかが一人死んだとしても喜ぶやつのほうが多いのさ。覚えておけ。」
「は、はい。」
「今度はしっかりヤレ。それだけだ。」

ボスは仲間を連れ、階段を下りていった。
 

少年は腰につけている銃を手に取り見つめた。
それは紛れも無く本物の銃だ。
この街じゃだれでもが持っている。
引き金を引けば簡単に人はが殺せる。
殺人の道具だ。
しかし少年はこれを引いたことは無かった。
怖かったのだ。
簡単に人が殺せる。
そして彼にはもう一つの理由があった。

「命なんて安い…か。」
 
 
 
 
 
 

気が付けば周囲は暗くなっていた。
少年はさっきやられた痛みをこらえ自宅へと向かう。
夜のこの街が一番危険なのはだれにでも知っていることである。
追いはぎ、強盗、殺人…
特によるにそれは行なわれる。

「早く帰らないと…。」

近道である裏路地を進む少年だった。

「あれは?」

人目につかないそんなところに占いのテントがあった。
何かに導かれるように少年はテントの中へと足を進めた。

「ふふふ…ようこそ。」

なにやら怪しげな雰囲気の女性が一人。
台の上には大きな水晶玉が置かれていた。

「あ、あの…」
「ふふ。あなたは迷っていますね。自分が持つ凶器に…」
「どうしてそれを?」
「私は占い師ですから…ふふふ。」

明らかに怪しくはあるが的はついていた。

「そしたら一つ占ってくれないか?自分はどうすればいいのか!」
「わかりました。その前にお代を…」

少年は自分の財布を取り出し中身を見た。
しかし、中からはわずかの塵が舞い落ちるだけだった。

「お代がないのでは…」
「何かお金になるものならどうですか?」

少年はなぜか必死だった。
それは少年にもわからなかった。
ただ、この占い師が自分の未来を教えてくれるような気がして。
ただ、それだけだった。

「それでも構いませんよ。ふふふ…」

少年は迷わずに腰にかけていた銃を台の上に置いた。

「これで、どうですか?」

占い師はその銃を手に取り、本物であることを確認した。

「いいでしょう。」
 

占い師は水晶に手をかざすとなにやら呪文のようなものを唱え始めた。
すると水晶は淡く紫色に輝きだした。
その様子に少年も息をゴクリと飲み込む。

「見えます…あなたに災いが降りかかります。しかしその災いは幸せです…」
「災い!?なんですかそれは!それに災いが幸せって…」
「これ以上はお教えできません…」
「どういうことですか!?」
「占い師は導くもの。教えるものではありません…。」
「…わかりました。それでは占い師さんありがとうございます。」

肩を落とし少年はテントを後にした。
 
 

「災いが幸せ?一体どういうことなのでろうか?……あれ?」

少年はあることに気が付いた。

「痛みが…無い…」

テントに入る前まで痛みをこらえて歩いていた自分が、テントを出た後は普通に歩いていた。

「一体、どうなっているんだ?」

混乱するしかない少年だった。
 
 
 

少年はボロボロになった一軒の家の前にいた。
家には明かりがついていた。
そして少年はドアを開き一言

「ただいま。」

すると奥の部屋から一人の少女が駆けてきた。
そして少女は笑みを浮かべて一言。

「おかえりなさい。」

これが彼が引き金を引かないもう一つの理由。
この少女とは長い付き合いだった。
幼いときからずっと一緒だった。
ほかにも何人かいたけれどこの街だ。
今残っているのはこの少女と少年だけだ。

「もう、服ボロボロじゃない。またやられたの?」
「あ、ああ。」

少女はあることに気が付く。

「銃はどうしたの?」

少女の問いに少年は頬をかきながら偽りの返答をする。

「落とした。」
「何しているの!バカ!」
「バカはないだろバカは。だいたい、看護婦志望のお前が言うか?」
「この街は例外なのよ。先生だって机の中には銃を持っているんだから。ここの治安の悪さは誰も知ってるはずよ。」
「…」
「明日になったらしっかり探しておくのよ。」
「…わかったよ。」

少女は怒り顔で奥の部屋へと戻っていった。
 

「怒って当然かもな…」

この街では命の次に大切なものが銃になってしまっている。
攻撃のため、防衛のため。
いつ、だれに襲われるかわからないこの街では何よりも銃を信じて皆生きている。
この街で銃を持たないのは今の少年くらいだろう。

「どうしようか…」

少年は悩む。
実際今まで生きてこれたのは皮肉にもあの銃があったからだ。
脅し、脅される。そうやってこの街が動いている、
銃を撃つもの撃たないもの様々ではあるが銃が生活の一部になってしまっている。
少年はその銃を捨てたのだ。
いや、正しくはあの占い師にお金の代わりに渡してしまったのである。
しかし、少年には不思議と後悔は無かった。

「あんなもの無くなってしまえばいいんだ…」

少年はそう思うようになっていったからであろう…
 
 
 
 

次の日
少年はあの占い師のことが気になり昨日のあの場所へと足を進めた。

「確かこのあたりだったはず…」

朝になったというのに立ち並ぶビルにより薄暗い裏路地。
少年もこの街に長く住んでいる。
地理には詳しいつもりだったがあのテントの姿は不思議と無かった。

「もう移動したのか…」

ああいった露店はよくあるものだ。
そう自分に言い聞かせた。
そして少年はその場から立ち去った。

いつもの街通りを歩く。
たまに銃声が鳴り響く。
しかし、誰もが知らぬふり。
これが日常茶飯事なんだこの街は。
少年はただただ嫌悪感のみ感じ街を歩く。
 
 
 

「結局みつからなかったの?」
「…」

見つかるはずが無い。
落としたというのは嘘なのだから。

「明日からどうするのよ。」
「なんとかするしかないだろ。」
「は〜、仕方ないわね。」

少女は机の中の小さい銃を少年に手渡した。

「これ、使いなさい。」
「お前、なに考えてるんだ!」

少年は銃を手渡されたものを見た後、急に怒り出した。

「お前!誰か襲ってきたらどうするんだよ!」
「仕方ないでしょ!だって…」

少女の頬に一粒の涙がつたっていく。

「これ以上誰かが死ぬのは嫌だから…」

少女の涙に思わず怖気づいてしまう。

「…わかったよ。」

少女から受け取った銃をしまい込み、汚れたハンカチで少女の涙を拭く。

「やだ。汚いでしょ。」
「うるさい。泣いているお前が悪い。」
「もう!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

1週間後…

「こいつはどういうことだ?ああん」

あの廃ビルの中に少年と男たちはいた。

「す、すみません…」
「先週の半分以下じゃねえか?てめぇやる気あんのか!」

男の拳が少年の顔を歪ませる。

「す、すみません…」
「その台詞は聴き飽きたんだよ!」

今度は蹴りが腹に。

「もう、こんな役立たずは殺してしまいましょうよ。ボス。」
「そうだな。俺もお前には失望した。だが、ただ殺すのも面白くない。なにか案はないか?」

そのとき部下の一人が口を開いた。

「ボス。こいつの家に確か女がいますぜ。」
「ほう。それは初耳だな。」
「払えなかった分は女で払ってもらいましょうぜ。」
「ははは。それはいい話だな。」

愉快そうに笑う男たち

「…や、やめろ…」

少年は傷だらけの身体を起こし、男達の前に出た。

「このクズが!」

少年の抵抗も虚しく再び殴り倒される。

「そいつは無視しておけ。それよりその女のところへ案内しろ。」
「へい。わかりやしたぜ。」

男たちは廃ビルを後にした。
 

「急いで後を追わないと…!」

傷だらけの身体を無理やり起こし少年も自宅へ向かう。
歩くのでさえ精一杯であった。
それでもなんとか力を振り絞り少年は歩いた。

いつもの通りにでた。
傷の痛みに耐え必死に歩く少年を誰も助けようとはしない。
皆、他人事のように横目で見ては通り過ぎる。
この街はそういう街なのだ。

「くそ!急がないと!」
 
 
 
 
 

少年が自分の家に着いた時には日は沈んでいた。
少年の体力もほぼ限界だった。

「無事でいてくれ!」

無理であるとわかっていても少年はそう祈るばかりであった。

いつもの玄関のドアを開いた。
そして奥へ。
いつもの部屋へ。
少年はドアを開く。
そこに広がっていた光景は…

「嘘だろ…」

少年は自分の目を疑った。
今目の前に広がる光景を否定したかった。
これはなにかの悪い夢だと…

床に広がる赤い液体。
血…
血…
血…

「遅かったな〜この女。あまりに強情だったんでな。つい、やっちまったよ。」
「おとなしくしてれば生かしてやったんだけどな。ははは。」

許せなかった。
憎しみと悲しみ。
少年の心を染めていく。

少年は腰にある銃を抜き、構えた。

「ああん。なんのつもりだ?」

少年は引き金に指をかけた。
 
 
 
 

銃声。
 
 
 
 

「あ、」

倒れたのは男達ではなく少年のほうだった。
腹部から服を真紅に染めていく。

「ははは、ロックがかかったまま撃とうってか?バカじゃねえか?」

男は笑いながら2発、3発。
少年は力なくその場に倒れこんだ。

「もう少し楽しませて欲しかったな。残念だよ。」

大男がそう一言、言い残すと仲間を連れ家を後にした。
 
 

少年は血まみれの身体を床に這わせながら少女の身体によっていった。

「…ごめんね。」

少女は奇跡的にもまだ息があった。
とはいえ出血が激しい。
顔の色も青白くなって明らかに血の気が引いているのがわかる。
そして少年は少女の手を握り締め…

「僕が…僕が全て悪いんだ…」

少年は涙を流し少女に謝罪する。
少女も少年の怪我を一目見るなり、長くないこと感じた。

「いいの…だって。一人じゃないもの。」
「そう…だね。」

視界も朦朧としてきた。
そんな中、少年はあの占い師の言葉を思い出した。

「災いが幸せ…か。」

確かにそうだったかもしれない。
彼女と共に死ねるのであるなら本望なのかもしれない…
でも…

少年の中に中か引っかかる。

(まだ、死にたくない。まだ、生きたい。彼女と共に生きたい。)

「そうか。生きたいんだ。僕は…」

そして少年はこのとき思った。

(この街でこんな思いをして死んでいった人は何人いるのだろうか?
誰も死にたくない…
そう思っているから銃を取る。
誰かを殺してでも生きたい…
でも、それじゃ…)
 

その時だった。
ドアの開く音が聞こえ誰かが話かけてきた。

「ふふふ…お久しぶりね。」

顔はもうはっきり見えないがわかる。
1週間前のあのときの占い師だ。

「どうしてここに?」

少年はか細い声で答えた。

「あなたに一つ聞きたいことがあってね。
あなたはこの街に銃は必要だと思う?」

突然の問いに驚くが、少年は迷うことなく答える。

「いらない…今はそう思う。」

そして占い師は答える。

「ふふふ。そう、あなたは賢いわね。」

そして占い師は後ろを向き部屋を出ようとした。
 
 
 
 
 
 

「…生きたい」
 
 
 
 
 
 

その一言で占い師の足が止まった。

「そう、生きたいのね。ふふふ。」

占い師はもう一度少年達を見つめた。

「ふふふ。今日のクランケは決まりね。」

占い師は突然上着を脱ぎ捨てた。
そして部屋全体が薄紫の光に包まれていった。

僕の意識はここで途切れていった…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

街の保安部

「所長。今月の犯罪件数また減りましたね。去年と比べてもう50件近くも減ってるんですよ。すごいですよ。」

若い刑事が40代半ばの男に話しかける。

「この調子でどんどん減らしていくぞ。」
「はい。それにしても所長。聞きましたよ。お孫さんが生まれたんですってね。所長もおじいちゃんなんですね〜」
「ははは。そうだな。早いものだよ。」
「それにしても所長はうらやましいですよ。家族円満でどこでも噂になってますよ。」
「お前も遊んでおらんと早く家に帰って奥さんを安心してやったらどうだ?」
「これは痛いお一言で。」
「それよりお前。例の書類終わったのか?」
「げっ。」
「終わっていないのだろう。さっさとやらんか!」
「は〜い。」

若い刑事は逃げるように自分の机へ戻っていった。

「まったく。最近の若者は。」

男はガラス越しに澄み切った青空を見つめる。
 

私は生きている。

僕は生きている。

あの人に助けられたんだ。

あの人に…
 

あの時は知らなかった。
でも今は知っている。

そうあの人の名前は…
 
 
 
 
 
 
 
 

あとがき
 どうもくじらんです。
まずはこの小説を載せていただいた創造天使工房の管理人様方と最後まで読んでいただいた方々に深く感謝いたします。
え〜っと突然シリアスものが書きたくなったので書いてみました。
天使登場せずにサブキャラだけ(しかも一人)の作品になってしまいましたが楽しんでいただければ光栄です。