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第十二章 ジーノ攻略作戦




惑星ジーノ。
ローム星系において、太陽から一番離れた惑星がそれである。
テラフォーミングによって太陽光が少なくても人が住める環境になっている。
と、アリス中佐が説明した。
相変わらず頭の天辺からつま先までピシリとしていて、生真面目な教師という感じである。
眼鏡にタイトスカートというのが一層それを引き立てている。
「そして、このジーノの軌道上にある基地を、エオニア軍の主力艦隊が拠点としているらしいわ」
アリス中佐がコンソールを操作しスクリーンに宇宙図を表示させる。
「今回は、味方の後方支援・陽動の下で、我々の2艦とLT機による電撃作戦を行い、この基地を占領します」
アリス中佐が眼鏡を上げなおして言った。
電撃作戦。つまり、即行で攻撃して相手が怯んでるうちに勝負を決めるということである。
作戦において重要な要素はスピード、そして時間だ。
とにかく、速さが要求されるのは間違いない。
「まず、味方の艦による陽動をします。これにはなんと、あのエルシオールとシヴァ皇子が参加するらしいわ」
「エルシオール!?」
「シヴァ皇子だって!?」
話を聞いていた者達が騒いだ。アリスはそれを鎮める。
シヴァ皇子は今まで行方が知られていなかった。というか、その存在を知っていた者も少ない。
しかし、今となっては唯一の皇位継承者なのである。
そして、エルシオールはその皇族を守るための儀礼艦だ。
儀礼艦ではあるが、防御面に関しては皇国最強を誇る。
さらに、紋章機の運用能力を持つ船なのだ。
「先ほどの情報だとそうよ。エルシオールとシヴァ皇子には悪いけど、格好のエサね。
 その隙に我々は後方支援の下にジーノ基地を制圧。制圧後、陽動部隊と交戦している敵残存部隊を撃破します」
敵の戦力的に見て、多いのは陽動部隊のほうである。
それゆえ味方も多く配置される。
代わりにジーノの守りは薄くなるということだ。
その隙を一気に突く。
「具体的な制圧作戦の流れを言うわね。
 まず、シャドウディスパーのステルス性能を生かし、可能な限り接近します。
 ただ、2つもの艦を隠せると思ってないから、これにはあまり期待してないわ。
 次に、ヴェールスノーによるフィールドを盾に敵の攻撃を防ぎながらこちらも応戦しつつ接近します。
 接近した後、紋章機を展開。全力で制圧よ。どれだけ早く近づけるか、ヴェールスノーがどれだけ耐え切れるかが、作戦の肝ね」
アリスの説明に皆は頷いた。
この作戦はスピードが勝負である。また、タイミングも難しい。
早く進行しすぎれば、敵に陽動だとばれてしまうし、遅ければ味方が全滅する。
タイミングを合わせる意味でもヴェールスノーが重要なポジションにあるのだ。
スター・オーシャンはともかく、フェニックステールの装甲が普通の戦艦と同クラスなことも要因の一つである。
「何か質問は?」
アリス中佐が言った。
皆は静かに黙っている。
――いや。

「――しぐれ、なにかしら?」
「えっと、今回も私が選ばれたんですか?」
しぐれは恐縮そうに手を上げて言った。
「ええそうよ。理由は先ほどの作戦内容から、一番適当だとおもったのだけど。嫌だったかしら?」
「い、いえ!任務であればやるだけのことはします!ですが、正直自信がありません……」
今回は前回と同様にこの艦の運命を背負っている。
しかしそれだけではない。
スター・オーシャンも、そのほかの多くの仲間も、しぐれを頼りにしているのだ。
彼女が失敗すれば、この作戦も無意味なものに終わる。
必ず任務を成功させる責任がある。
しぐれはそういうプレッシャーにあまり強くない。
アリスは勤めて冷静に言った。
「私達は『あなた』を信じているの」

「……よし、ブリーフィングを終了するわ。12:00に作戦を開始します。
 1時間前に第2戦闘配備で待機。いいわね?」
「了解!」
「では、解散」
そう言うとアリス中佐はブリーフィングルームを出て行った。
室内はまだしばらくざわめきに包まれていた。



「うう〜、また私が重要なポジションになっちゃた……」
「仕方ないでしょ。あんたの機体の能力が作戦に向いてるんだから」
しぐれとプリュレにスフレ、クレアの4人と、さらに龍乃宮餡を加えた5人は給水室でお茶を飲んでいた。
エルシオールと違い、普通の戦艦にはティーラウンジなど存在しない。
「前みたいにシャドウディスパーで戦闘機だけ隠れていけないの?」
「……無理よ。今回は数が多すぎるわ」
全長約1kmの戦艦が2舟もあるのだ。サイレントタイムの範囲以外なのは仕方ないだろう。
「ふーん、大変そうだね」
「そうねー」
戦う必要のない二人は他人事のように言う。
5人はお茶とお菓子を頬張る。
「でも、作戦のことを私に話してもいいの?」
餡が不思議そうに尋ねる。
確かに民間人である餡にこんなことを話してはいけないと思うのだが。
「まぁ、問題は無いんじゃないかしら?」
「知ってどうなるってもんじゃないしね」
クレアは良くは無いと思ったが、口には出さなかった。
この辺、クレアはしっかりしてる。
「それに、この作戦が終わったら、多分餡ちゃんとお別れだし、いっぱいお話しておきたいのよ」
この作戦が終わったら、ロームで本格的に味方と合流することになる。
避難民などはそこで下ろされるはずだ。
「うん、やっぱり短い間だったわねぇ。でも、そのときまではよろしくね」
しばらく餡やみんなと話をした。
なんてこと無い日常。それがテンションの上昇安定に繋がるのだ。



「敵の展開率はどうなってる?」
「予想より、2%ほど多いですね。想定の範囲内です」
メトロと蒼奈が通信で会話をする。
既に作戦は始まっていた。
情報では、エルシオールが奮闘しているという。
それを聞いて兵士達は士気を上げている。
現在、フェニックステール及びスター・オーシャンはシャドウディスパーの『サイレントタイム』によって隠密移動中である。
もちろん、その全てを隠しきれるわけではないが、まだ攻撃されていないところを見ると、かなり効果があるようだ。
さすがはロストテクノロジーと言ったところか。
シャドウディスパーを筆頭に、守りの薄いところを抜けていく。
しかし、進めば進むほど、守りが強固になっていく。
そろそろ、ステルスでは限界のはずだ。クルーの緊張も高まっていく。
「敵との距離、40000……」
オペレーターが報告する。見つかるなよ、などと祈るように呟く者もいる。
40000ともなれば十分に目視できる距離だ。
フェニックステールとスター・オーシャンは、その隙間を高速で抜けていく。


「ん……?熱源……?」
エオニア軍の戦艦の一つのオペレーターが気づいた。
僅かであるが、熱量を感知した。しかし、こんなところにいきなり熱量を感知するのは、おかしい。
「艦長。3時の方向、距離50000に微量の熱源を感知しました。何かありますか?」
オペレーターが艦長に言う。
「何?他のレーダーはどうなっている」
「特に何も……ん?」
観測レーダーのオペレーターが怪訝そうに自分のスクリーンを見た。
「なんだ、どうした」
「いま、一瞬レーダーに時空波が感知しました。場所は……先ほどの場所から20000進んだ2時の方向です!」
オペレーターの報告にクルーの顔が引き締まる。
敵が、いる。
「光学センサー!」
「やってます。スクリーンに出します」
メインスクリーンに宙域の様子が映される。
一見何も無いようだが……
「いたぞ!ここだ!!」
艦長が画像にマーカーを入れる。そこを拡大すると、確かに、いた。
「発射ポイントを指定!ミサイル、1番から5番まで、スタンバイ!……てーッ!!」
艦長の号令に、漆黒の艦から銀のミサイルが発射される。
それらは一点をめがけて、ただひたすら真っ直ぐに飛んでいく。
そして――


スクリーンにかじりついていたオペレーターが報告する。
「ミサイル!5基、こちらに来ます!」
メトロはすかさず指示を出す。
「気づかれたか!!しぐれ、出番だ。フィールドを展開しろ」
「――了解!フィールド展開します!」
「ミサイル!来ます!!」
それはほぼ同時だった。ミサイルが爆発し、それまでぼやけていた空間が歪む。
爆炎の中から青白いエネルギーフィールドが見え隠れした。
「ダメージ0です」
「よし!推力最大へ!一気に突っ切るぞ!!
 スフレ、ご苦労だった。一旦、補給しに来てくれ」
「――了解……」
サイレントタイムの維持に、スフレは少し疲れていた。
しかし、まだまだこれからだ。
「しかし、本当にこれだけの大艦隊を相手にしなきゃいかんとはな……」
「戦争ですから。任務であればやるだけです」
メトロの呟きにアリスが答える。
「まったく、戦争なんて……まるで映画だな」



敵の攻撃を避け、臨戦態勢になったのはスター・オーシャンも同じだった。
「雑魚には構わないで。私達は基地の制圧が最優先事項です」
蒼奈の凛とした声がクルーの耳に届く。
その声を聞いていると、これだけの大艦隊も敵ではないように思えた。
これまでも、彼女の指揮のおかげで生き延びてこれた。
蒼奈の声は、彼らにとって最も信頼に足るものなのである。
「艦長!10時の方向に駆逐艦3、戦艦2!」
「来ましたね……ミサイル、3番4番、レールキャノン、用意」
やはり数が多い。だが、それは問題ではない。
今は、いかに敵の手を削ぐかだ。
「さぁ、行きますよ。……無力化、開始します!」



降り注ぐミサイルの雨。ビームのシャワー。銃弾の嵐。
それらを受けるたびに、ヴェールスノーのフィールドが青白く煌く。
「フィールド出力5%低下、修正っと」
しぐれはただ耐えることしかできない。
ただ、先頭に立って敵の攻撃をひたすら受け止める。
真正面から、後ろから、右から、左から、上から、下から、受けきるのみ。
エネルギーの消費と、フィールドの出力と、機体の速度と、作戦の進行度。
それらが今のしぐれの敵である。
周りはエオニア軍だらけだ。
今ここでフィールドが無くなったら、蜂の巣では済まないだろう。
そうなったら終わりだ。
だから、しぐれはただ耐えるのだ。

そのときだった。
ヴェールスノーの直線上から、真っ直ぐにビームが飛んでくる。
それだけではない。ミサイル、レーザーファランクス、レールキャノン、全てが正確にヴェールスノーを狙っていた。
「っ!何!?」
レーダーを見る。高速で、何かが近づいてくる。
この速度は……紋章機と同等だ。



「識別、シルス高速戦闘機!!数3!」
オペレーターが叫ぶように言った。
「シルス級!?それにしては速すぎる!」
黒い戦闘機は、高速で接近してくる。
「ヴェールスノーから、今の攻撃で出力が大幅に低下したとの報告がありました!」
「チッ!対空砲火!」
3機の戦闘機は機銃の迎撃を難なく避け、再びこちらに向かってくる。
通信のアラームが鳴った。蒼奈からだ。
メトロのコンソールに蒼奈の顔が映る。
「――メトロ艦長、こちらで戦闘機を出します。先に行ってください」
「何を言っている!それでは制圧が間に合わないのは分かるだろう」
「あの戦闘機、普通じゃありません。今のうちに叩いておかないと……きゃっ!?」
スター・オーシャンの船体が揺れた。フィールドで衝撃を緩和できず、艦にまで届いたのだ。
「くっ!とにかく!今は目標ポイントまで付くことを優先する!」
スター・オーシャンも、今は迎撃で手一杯のはずだ。
防御を考えなくて良いのでまだいいが、フィールドから一歩でたら一気にやることが増える。
どうしても、移動だけに力をまわせなくなるのだ。
「ヴェールスノーは何をしている。出力を上げさせろ」
「これ以上上げると、目標地点までのエネルギーが持ちません」
「くそっ!あの戦闘機のせいで計算がなにもかも狂った。なんなんだアレは!」
苦々しく戦闘機を見る。黒いカラーリングが禍々しかった。


「まずいわね……これじゃあやられちゃうわ……」
フィールドの出力が落ちてきている。
戦艦の攻撃よりも弱いものの、一点に集中した攻撃はフィールドを貫いて中へ通してしまう。
フェニックステールなどにも被害がではじめてきていた。
しかし、フィールドの出力を上げればエネルギーが切れてしまう。これはジレンマだ。
そんな中、ミサイルがスター・オーシャンを襲った。
フィールドが弱ったところに突かれた為、爆撃が貫通しダメージを与えてしまう。
「しまった……!」
もうエネルギーを気にしていたらやられる。
しぐれは危機を悟り、フィールドの出力制限を開放した。
H.A.L.O.がしぐれのテンションを読み取り、機体へ反映させる。
「白き雪よ……悪しきを阻む盾となれ……!ホワイトヴェール!!」
エネルギーが高まり、雪の結晶のような形に光が形成される。
出力が飛躍的に上がり、フィールドに接近した敵や攻撃を凍りつかせた。
しかし、消費エネルギーも尋常じゃない。敵の攻撃が激しすぎるのだ。
まだ半分あったエネルギーが25%を切ろうとしていた。
フェニックステールの有効射程まで15000、スター・オーシャンの有効射程まで9000。
到達までの予測時間……約210秒。
残存エネルギーでのフィールドの維持時間……約180秒。
そのタイムラグは30秒。
「無理だわ……間に合わない……!」
仮に間に合ったとしても、戦闘機に攻撃を裂いてしまっているため、まだ追いすがる敵を引き離しきれていない。
戦闘機に手こずりすぎて、陽動に気づいた敵も戻ってきている。
30秒。
たった30秒耐えることが出来ないのだ。
このままでは、負ける。
「どうしよう……どうしよう、どうしよう、どうしよう!!?」
焦りのあまり同じ言葉を繰り返す。
どうしようもない。
今更出力を落としても無駄だろう。むしろ今より悪い状況になる。
その間にもエネルギーは無くなっていく。
しぐれがパニックに陥ってるとき、急に通信が入った。
「――しぐれ、今から私達が出るわ。貴女は補給に戻りなさい」
スフレの声だった。
全周囲スクリーンの後ろを覗くと、既に発進シークエンスが開始されている。
20秒と足らず出撃できるだろう。


――ダメだ。


警告アラームが鳴り出した。エネルギー残量が底を付くことを知らせるためのものだ。
エネルギー残量2%。フィールド維持残時間12秒。


――間に合わない。


発進シークエンス中は紋章機は行動が出来ない。
もしこの状態でフィールドを展開したらそれで人がつぶれてしまうだろう。
どんなに速くても後10秒は動けない。フィールド解除まであと6秒。


――叫び止めることすら、できない。


手が震えていた。額や背中にびっしょりと汗をかいている。
体はいやに寒いくせに、意識ははっきりと冴えていた。
まるで、すぐにでも死んでしまうように。
絶望していた。


――エネルギー残量0


ヴェールスノーのフィールドが掻き消えた。
すかさずとばかりミサイルとビームのシャワーがしぐれを狙う。
敵は母艦よりも、この機体の方が厄介だと判別した。
ヴェールスノーは身動きが取れない。
先ほどまでの慣性のみで移動している為、攻撃を当てるのは簡単だった。
対ショックも、バイタルガードも機能しない。
サブシステムのエネルギーもほとんど無い。。
ヴェールスノーは戦闘機のレーザーキャノンを真正面から受けた。
期待の偽装装甲がえぐれる。内部装甲へのダメージもなかなかのものだ。
コクピットは外したものの、左翼のノズルが使用不可能になった。
次にミサイルが、レーザーファランクスが、機体を襲った。
気体が激しく揺れ、重力に任せて体が軋む。
コクピットの重力制御も効いていない。かろうじてモニターと通信が使えるのみだ。
もうダメだ。
恐らく、フェニックステールもスター・オーシャンも多大な被害が出ているだろう。
スフレはどうしただろうか。発進シークエンス中だったから、無理やりにでも発進したのだろうか。
無理だ。
長距離戦隠密用の機体でこの数を相手に出来ない。
ゴーストレイヴンでもパイレーツコメットでも、この数はきついだろう。
ヴェールスノーがフィールド出力を上げた時点で、あの戦闘機が出てきた時点で、負けは確定していた。
元々ギリギリの作戦だったのだ。予想外のことが一つ起これば空中分解してしまうような。


――例えばこの機体のように。


ヴェールスノーの外装は全壊。内部も中破程度のダメージを受けていた。
ファランクスのブレードは両方折れているし、フィールドジェネレータも一つしかない。
防御機能が生きていなければ、紋章機とて耐えられない。
生きているのが奇跡のような状況だった。
だが、次の瞬間死を覚悟した。
目の前に、再び黒い戦闘機。
あのレーザーを喰らったら。あのビームを、ミサイルを、バルカンでさえ。
もう、諦めよう。
私は頑張った。
失敗は犯したかもしれない。
だが、仕方が無かったのだ。
だから、諦める。








「みんな……ごめんな……さ……」






「なぁに諦めたようなこと言ってんのよ!!!」





――突然だった。
一筋の光が、ヴェールスノーに届く。
光が、広がり、溢れていく。


そして――システムが、復旧した。


ヴェールスノーはオートでフィールドを展開しビームを弾いた。
そのまま、自動制御でターゲットをロックオンする。
しぐれは条件反射でトリガーを引いた。
敵が火を噴き、撤退していく。
「……え!?私、生きてる!?」
しぐれはやっと我に返った。
「いいから!はやく、フィールドを展開しなさい!!」
言われるままに、フィールドを張る。
その光は、先ほどとは比べ物にならない大きさと強さを持っていた。
しぐれはようやく、声の主を見た。
「まったく、ヒヤヒヤさせるんじゃないわよ」
「プリュレ……ちゃん」
パイレーツフェアリー。エネルギー配電システムを持つ機体だった。
パイレーツコメットで出撃する予定だったので、フェアリーに換装するのには多少時間がかかったが、何とか間に合ったのだ。
フェアリーはフィールドの範囲外に出ると、近くの敵を一機ずつ確実に倒す。
「そうだ!フェニックスとスター・オーシャンは!?みんなは!?」
「後ろ」
予想外の光景だった。
フェニックスにも、スター・オーシャンにも、紋章機にさえ傷は付いてない。
「どうして!?」
「あんた、この機体のもう一つの能力を忘れたの?」
「ふえ……あ!」
もう一つの能力。それはヴェールスノーと同じく敵から身を守るための聖なる領域。
『フェアリークリフ』だ。
ヴェールスノーのと違い、球体のフィールドではなく、面。そして角がある。
当たり方によっては、全くといって良いほどダメージを無効化できる。
「ふぇ、ふぇえ!?そんなのがあるんだったら、もっと早く使ってよ!」
「仕方ないでしょ!少しでも攻撃にまわさなきゃいけなかったんだから!」
そう言って、プリュレは敵の攻撃をやり過ごしている。
「けど、この武装でいるのも危険ね。少しでも攻撃しなきゃ」
そう思い、プリュレは武装を解除する。違う武装を射出してもらうためだ。
しかし、そこにさっきの戦闘機が現れた。
「まずい!装甲が!」
ここで助けに出ようものならフィールドを維持できない。
「プリュレちゃん!!」
叫んだ次の瞬間、一機の戦闘機が視界を阻んだ。
プリュレと黒い戦闘機を牽制し、再び戻ってくる。
今までに見たことの無い、ダークブルーのカラーリング。
重火器をふんだんに装備した、重量機だった。
「おまたせ、プリュレ。蒼奈艦長」
「え……リディア・デリカテッセン!?」
プリュレは予想外の人物に声を上げた。


リディア・デリカテッセン。
彼女はスター・オーシャンが極秘に兵器の実践トライアルを受けさせてもらっているウェイブマテリアル社の元社員である。
彼女自身も技術者で、機械技能は一級以上。
さらに、特殊な教育を受けてきたため、戦闘・暗殺・スパイとこなすことも出来る。
「この人は、味方なの!?」
「うん、一応ね」
まさか、彼女がウェイブマテリアル社のスパイやってるなんて知る由もないだろう。
突然、フィールドが揺らぐ。
先ほどの黒い戦闘機の攻撃だった。やはり、強い。
「あなた達、なんなのよ!!」
しぐれは敵機に叫んだ。
「――それはこっちの台詞なのよ。その紋章機もどき、一体何なのよ!?」
黒い戦闘機から、通信が入った。
「女の子の声!?」
ヴェールスノーを援護するべく、リディアの機体が割って入る。
「プリュレ、この機体のツールを使って!」
「その機体……セブンスツールを装備してるの!?」
「ええ紋章機のデータを参考に作った『ドルフィン』にパイレーツのセブンスツール『スターダスト』を装備させたのよ」
『海賊の七つ道具<セブンスツール>』と呼ばれるパイレーツの武装の一つだという。
その名のとおり、七つの武装があるらしいが……まだ全て出来ていないらしい。
あれは、今までに見たことの無い武装だ。
バランス型のコメット、接近戦型のミーティア、支援型のフェアリー。
ならば、このスターダストは――
「ドッキング、解除!レーザー誘導システム起動!」
『ドルフィン』から、武装が外れ、パイレーツがそれを受け取る。
敵機はその隙を逃がさなかった。
ミサイルの群れがプリュレを襲う。
「やらせないっ!!」
「やぁーよっ……とっ」
リディアはレーザーキャノンで群がるミサイルを一掃した。
ドルフィンの固有武装はレーザーキャノンとバルカン、ミサイルにエネルギーフィールドと標準的な武装しかない。
しかし、量産を前提に作られ、かつかなりのハイスペックなのだ。
特に運動性能の面では、紋章機にも近いものがある。
また、擬似精神感応波によるレーダーで、パイロットにテレパス能力を擬似的に付与するという特殊機能もある。
「プリュレちゃん、今のうちに!」
「分かってるわ。ガイドレーザー受信、ドッキングモード、軸合わせ!」
それぞれのパーツが装着し、意味を成す。
機体色がへと変わる。
「塵になりなさい!!スターダストクレイモア!!!」
「しまった!?」
黒い戦闘機を追い抜き、何十といる戦艦へ光が伸びる。
広範囲重火力型とでも言えば良いだろうか。
全弾発射だ。しかし、その比はコメットのそれ以上だ。
そして、ミサイルが弾け、中から『星屑』が飛び出した。
広範囲にばら撒かれた弾が、敵を破壊する。
「凄い……」
「これが、『星屑』の力よ。まぁ、一発撃ったら補給必要なのがこの攻撃の難点だけど」
そう。コメットとは違い、実弾を発射するため、圧倒的に弾が足りないのだ。
だが、戦力を削るには十分だった。
すでに、フェニックステールとスター・オーシャン、そして他の戦闘機と紋章機で基地を制圧しつつある。
先ほどまでアレだけ劣勢だったのがウソのようだ。


「くそッ……アンタ達、よくも……ッ!」
敵の戦闘機のパイロットが敵意をあらわにした。
弾を撃ちつくしたスターダスト、そしてドルフィンをいち早く攻撃した。
「きゃッ!?」
「ぐッ!速っ!?」
既に残弾の無いスターダストでは対応できない。ドルフィンも奮闘しているが、やや押されている。
「――シーガル1、戻ってください!基地から新手の敵が!」
プリュレは帰還命令を出されても、戻ることが出来ないほど攻撃が激しかった。
更に、新たな黒い戦闘機がプリュレ達を襲った。
「――シイ、援護に来た!」
「――遅いわよ!大半やられちゃったじゃないのよ!!」
シイと呼ばれた少女はヒステリックに叫んだ。
話しかけた男のほうはため息をつくと、プリュレ達をめがけて攻撃をはじめる。
「増えた!?まずいわね」
確かに強い。技量は互角くらいだろう。だが、こちらには武器が無い。その上慣れない装備だ。
ドルフィンのほうも、テスト機のはずだからリディアの腕が立つといっても機体に馴染めていないはずだ。
「だったら、こっちも増やすまでよ!――テール1、聞こえる?」
テール1。現在のレオン・ビスケットのコールサインだ。
「どうした」
「ごめん、手伝って欲しい」
「まったく……その辺にいろよ!」
レオンとの通信を切った直後、パイレーツがミサイルの直撃を受けた。
大した威力だ。今の一撃で装甲の4割を持っていかれた。
リディアがなんとか敵を引き付けてくれているが、これでは母艦にたどり着く前にやられてしまう。
それでなくても、敵を母艦に近づけてはいけないのだ。
「ちょっと、リディア!母艦に近づけすぎよ!」
「仕方ないでしょ!こっちだって、慣れない機体なのよ!……え!?」
通信機越しにリディアの驚嘆の声が聞こえた。
「ど、どうしたの!?」
「うそ、三機目……!?」
「さ、三機目ですってぇ!?」
レーダーを確認する。黒い戦闘機の三機目を確認した。今度の機体も例の如く強い。
いかに最新鋭機のドルフィンでも、これを抑えるのは無理だ。
新たに戦線に加わったシルス高速戦闘機が急加速する。
「ごめん!プリュレ、追い抜かれた!」
「なっ!?」
黒い戦闘機がドルフィンをかわし、パイレーツスターダストに追いすがる。
重装備のこの機体の運動性能じゃ逃げ切れない。
いっそ、武装を解除するか。
いや、もう間に合わない。
今まさに、敵のレーザーキャノンが火を吹かんとしていた。
そこへ――
「――退いてろ、俺がやる」
レーザーキャノンをゴーストレイヴンが受ける。
幾らフィールドがあるからといって、タダでは済むものではないはずだ。
しかし、レオンの機体はほとんどダメージが無かった。
攻撃を受けきると、尋常じゃないスピードで敵機へ近づく。
「あなたが『金色の悪魔』ね……!」
またも女性の声。先程よりも落ち着いた印象だ。
「なんだっていい……俺はお前を落とすだけだ」
「そうね。黙って散りなさい……!」
ゴーストレイヴンは敵の攻撃を受け流し、ブロードソードを叩き込む。
「ッ……!」
「落ちない!?」
敵はすれすれでダメージを軽減すると、反転し撃って来る。
さらにもう一機がレイヴンを狙ってきた。
2機の攻撃を回避し、距離を取る。
「レオン!」
「いいから、速く戻れ!」
「お前、余所見をするなよ!!」
2機目のシルスの攻撃がレオンの機体にヒットする。
大きく反動を受けたが、ダメージ自体は大したものじゃない。
プリュレはレオンが無事なことを確認して帰還する。
「金色の悪魔さんだっけ?大丈夫なの」
ドルフィンからリディアが通信を入れてきた。
「誰だ?味方みたいだが……その呼び名は止めてくれ。レオンだ」
「レオンね。私はリディアよ。とにかく、一機ずつしとめましょう。援護するわ」
「ああ、頼む」
言い終えると同時に、3機の戦闘機から攻撃を受ける。
2機はすぐさまかわし、即興の連携攻撃を仕掛けた。
だが、即興というだけあって、錬度が低く当たらない。
「温いわね……」
「連携って言うのはなぁ!」
「こうやるのよ!!」
3機の黒い戦闘機が一斉にかかってきた。
1機はギリギリまで接近して攻撃してくる。
なのにもかかわらず、他の2機は攻撃を止めない。
「誤射を恐れてないの!?」
「よほど腕に自身があるんだろ……!」
1機目の攻撃をかわすとすぐ後ろに2機目が迫っていた。
「いっけぇー!!」
「くぅぅッ!!」
フィールドが破られ、装甲をえぐる。
だが、まだ終わりでなかった。
「レオン!まだ3機目が!!」
「クソッ!?後ろか!!」
「これで、終わりなのよ!!!」
ミサイルとレーザーの同時攻撃を受ける。
こちらの武装のほとんどを破壊されたしまった。
「きゃあ!」
「つッ……まだだ!」
「そんなので、なにができるってのよ!!」
シイが叫ぶ。
レイヴンに残された武器はソードとバルカンくらいである。
だが、レオンにとってはそれで事足りた。
ガンと、金属がぶつかる感覚の後、敵の戦闘機に爆発が起きる。
「ウソ!?そんな!!」
「シイ!!くそ、コイツ!」
もう1機の方がレオンへと殺到する。
リディアに残された武装をかわし、レイヴンへ近づき――
「吹き飛べ!『薙刃』!」
「ッ!!」
衝撃波を喰らった。
表面的にしかダメージは与えられなかったが、武器は殺したはずだ。
レオンは残された最後の戦闘機を見る。
「後はお前だけだな」
「……シイ、エシュ、撤退するわよ」
最後の戦闘機は仲間へ帰還命令を出した。
「サナ!!私はまだやれるわよ!」
「……戻るわよ」
「ッ……わかったわよ」
傷を負った2機が先に帰還する。
レオン達は深追いはしなかった。こちらの被害も多いし、ここから離れるわけには行かない。
最後の1機が再び通信を入れる。
「それじゃさよなら。金色の悪魔さん」
「……レオンだ。その呼び方は好かない」
「そう。知ったことじゃないわ。……私はサナよ。覚えて無くていいから」
「ああ。忘れておく」
「……次は必ず、私達『ナハトリッター』が貴方達を撃ち抜くわ」
そう言って、最後の1機も退路を取った。
つかの間の安息が訪れる。
「ナハトリッター……夜の騎士、か。敵も大した腕だこと」
「ああ。傭兵だな。聞いたことのある名前だった。人手が足りないエオニア軍らしい」
ナハトリッター。夜の騎士。
傭兵の中でも腕の立つ者達だった。
紋章機と対等以上に戦うなんて……
「もしかして、あの機体にロストテクノロジーが使われてるかもね」
「何!?」
「だって、あんなにポコポコ無人戦艦が出て来るんだよ?あってもおかしくないわよ」
確かにそうかもしれない。
腕だけで、ロストテクノロジーと通常の戦闘機の差を埋めるのは難しい。
「だが、今はそれを考えてる暇は無い。戻るぞ」
「了解」
レオン達は敵の逃げていった方から振り返り、その場を後にした。



通信機から聞こえる仲間達の声。
「――基地制圧率90%。敵艦後退していきます」
「――エルシオールを含む皇国軍が敵艦隊を撃退しました」
「――みんな、聞こえるか。こっちもあっちでも、作戦は成功した!」
作戦は成功したのだ。
「……ふぅ」
しぐれは肩の荷が下りた気がした。
何とか味方を守りきることが出来た。
もっとも、ヴェールスノーはほとんど動けなくなってしまったが。
「お疲れ様……」
「スフレちゃん」
通信をかけてきたのはスフレだった。
彼女は出撃後、レオンと共に基地の主要施設の制圧に向かっていた。
「今回も、派手に壊したようね……」
「あはは……花梨さんに怒られちゃうなぁ……」
「でも、貴女がいなかったら負けていたわ。陽動が成功したから両方の敵を倒せたのよ……」
スフレにしては珍しく、しぐれを褒めているようだ。
「……それに、ちょっと聞いて御覧なさい……」
スフレは通信機で全回線を受信するように支持した。
そこから聞こえる歓喜の声。
シヴァやエルシオール、エンジェル隊を称える声。そして。
「……え、これ、もしかして私!?」
ヴェールスノーのことを指して称える声が聞こえた。
雪女だとか、雪花の天使だとか色々聞こえる。
「……ちょっと、照れるわね」
「……貴女のこかげだって言ったでしょう?」
「うん、スフレちゃんありがとう」
そのとき、きゅう〜と腹の虫の音がなった。
「……おなか減った……」
「うふふ♪戻りましょうか。きっとみんなが待ってるわ。餡ちゃんやクレアちゃんも」
「ええ……」
通信機からは、友の声と心地よい歓喜の声が響いていた。


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