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餡のロステク捜索 後編
捜索自体は、さほどの難色は見せなかった。
王宮での謁見を済ませてから、三日……
今、彼女たちの前方、目当てのロストテクノロジーがあるところからも、それは見て取れる。
「……案外、楽だったわね」
「そうですね。戒厳令の類が出ていなかったのは幸いでした」
黒髪の女性の言葉に、緑髪の少女が応える。
餡と、瑠兎である。
二人が、何故この場所を突き止めることが出来たか?
それは、難しいことではない。
走査――捜査、及び聞き込み。
そう、簡単なことである。調査の基本だ。
無論、そう簡単に星一つを調べ尽くせるわけではないが……彼女たちは、エンジェル隊の一員なのだ。
「それで説明を完結されると私たちが凄まじい苦労人のように聞こえるんだけれども」
「一応は能力の高さを評価してくれているんですから、流しましょうよ」
彼女たちの、その調査能力を支えるもの――それは、能力の高さもさることながら、ある種の諦めや諦観(同じだが)が入り交じっている。
要するに、慣れていると言う一言に要約できるのであった。
「でも……」
「流石にこれは……ねぇ……」
状況は、少々複雑である。
この星には、内部に空間がある。そして、その中心にはロストテクノロジー――全面を木に覆われた球体(しかも淡く発光しているため、照明には困らない)――が鎮座(?)しているのだ。
ただし、その空間の巨大さは、この星が卵に例えられてしまうほどであった。
即ち……本来の地層が殻、中心の森が黄身、そしてこの空間が白身である。
ところで、先ほどロストテクノロジーが前方にある、と記述した。
と言うのも、彼女たちが寝転がっているからなのだった。
無論、前方と言うからには寝転がっている場所はロストテクノロジーの上ではない。先ほどの例えで言うなら、殻の内側なのだ。
そう、どういう訳か重力は、外側に働いている。
とにかく不思議な空間であった。
「……どうしましょうか、あれ……」
瑠兎が、口を開く。呆れ半分と言った口調だった。
「トランスバールに連絡すれば、回収のための人員を回してくれると思うけど……」
餡が呟く。……が、すぐに自分で否定した。
「でも、これは回収するわけには行かないわね」
「やっぱりそう思います? 明らかに中核ですよね、これは」
「ええ。そりゃあ、隠したがるのも解るってものよね。回収なんてされた日には――自分たちの行く末が危ないんだもの、ねぇ」
「まったくですね……」
再び、しみじみと見上げる。
何故、このような巨大な木が……
しかも、日の光はないのに……
疑問は尽きることがない。その訳の解らなさ加減は、さすがロストテクノロジーと言ったところだろうか。
と……ふと、餡が声を上げた。
「あら?」
「どうしました?」
瑠兎は、尋ねつつも餡の視線の先を追う。答えを待つまでもなく、瑠兎もそれを見つけた。
「あ……」
木のない空間を。
「……なんなんでしょうね」
瑠兎が餡に意見を求める。
ここは、先ほどの例えで言うならば、黄身の表面。
ここにも、立つことが出来るのだ――。
ここに来る事が出来た理由は、単純明快。この空間に入るための出入り口が、紋章機が通れるくらいに大きかった……まぁ、それだけである。
「……考えても解る事じゃないし、解ったところで空しくなるだけだと思うわよ? たぶん、ね」
もう、この技術を作れる旧文明は存在しないのだから。
そのことを言外に感じ、瑠兎は――そして餡は、何となく上を見上げる。
先ほどまで立っていた、卵の殻の内側が、
見えない。
広がるのは、ただただ青い空。申し訳程度に、雲。
「……」
「……」
解ってはいるのだが……いや、止めておこう空しくなるから。
なんにせよ、好都合ではある。普通の星と同じように活動できるのだから。
その空間は、外側を一周歩いて回るだけでも十数分掛かりそうなほどに大きい。
少なくとも端と端に立ったとき、互いの姿を視認するのは困難だろう。
ちなみに周囲の木々は、一つ一つが、どれも樹齢百年はゆうに越えていそうな大木ばかりである。
「で、目下の問題は……この扉、ね」
餡の言う扉とは、このだだっ広い空間にただ一つ、ぽつん……と存在する、人が四人も並べば詰まりそうな扉だ。
ここの空間と比べると、異様に小さく感じるから不思議なものである。
「どうしましょうか、この扉」
「……さてねぇ。開けてみる?」
「何があるか解らないじゃないですか」
「そうなのよねぇ……」
開けたくないのならば、帰ればよい。
それは解っている。解っている、が……。
……実のところ、彼女たちもどうしたいのかは判断しかねていた。
星一つの命運が掛かっている。無論のこと確証はないが、まず間違いはないだろう。
が、扉一つくらいなら……中を見るくらいなら……。
そんな気持ちも、確かにある。
引き返すべきなのか…………。
“不幸なことに”、悩むために(と言う訳ではないが)時間はたっぷりとあった。
そして、そのまま数分が過ぎる。
と……不意に、微かな音が鳴った。
電子音とも違う。
鳴き声とは思えない。
一体、これは……
「……ぁ……」
瑠兎が、微かに呻いた。餡が尋ねる。
「……どうしたの?」
「餡、さん……」
瑠兎は、伏せがちだった瞳を上げる。
「私、呼ばれてます。その、扉に」
空気が、変わった。瑠兎を中心として。
“それ”は、餡も何度か目にしている。
「翠天使……」
「いえ、ちょっと違うみたいです。……こう、力が引っ張られるような」
「あらそう」
違うらしい。まぁ、
「発現の方法が違うだけで、確かに力そのものは翠天使ですけど……」
的外れではないようだ。
「そういえば、性格も変わりないみたいね」
「そうですね……変な感じです」
「で、行くの?」
「はい」
主語不明確のその問いに、瑠兎は確信を持って答える。
流石にこの状況で巫山戯るほど、餡も野暮ではない(たまに巫山戯ることはないでもないが)。
だから、
「ついていって良いかしら?」
「はい……というか、お願いします」
そう言うことになった。
門が開くと、階段が姿を現した。少し降りると、真っ直ぐな通路が延びている。
内部は、木々に覆われている外見に反して、人工的な印象を受けた。
細長い通路の先は、暗くてよく見えない……。
灯りが点いた。通路の上面が、淡く光っている。
「便利なものね」
「はい、かなり保存状態はいいみたいですね……」
「それに……」
普通、こんな通路を長く放置しておけばどんな雰囲気になるのかは、想像に難くないだろう。
だが、空気は淀んではいない。むしろ濃いくらいで、それはつまり、
「空調も、生きてるのね」
「外の空気と入れ替えてるんですかね」
そんな環境だ、空気は綺麗すぎるほどに綺麗である。
だから、それ故に。
床に積もった埃は、使われなくなって永いことを頑と主張していた。
「……行きますか」
「そうね」
二人は歩き出した。肩を並べて。
しばらく行くと、両側に扉が見えた。
二人は顔を見合わせる。無論、知っていようはずはない。
両方とも、引き戸のようだ。取っ手は窪んでおり、手で開けられそうだが――
餡が、右の扉に触れた。
が、しゅん。
扉に触れるとすぐに、最初は引っかかるように。そして直後から滑らかに、扉が開いた。
「……やっぱり生きてるわね、この建物」
呟く餡に、瑠兎は今更ながら、言った。
「そう言えばそうと、罠の類を警戒してませんでしたね……」
「呼ばれてるんでしょ? そもそも、そういう類の建物とも思えないけど」
「用心に越したことはないでしょう」
「まぁ、そうね」
軽く方針を話し合い、二人は探索を開始した。
が、しゅん。
もはや二人の耳は、この音になれてしまっている。
勿論、何も起こりはしない。
これも含めて今までに、罠らしい罠はなかった。
次いで言うなら、どんな物も残されてはいなかった。
いや、遺されて、か――?
そんなことを餡が考えていると、先に覗き込んだ瑠兎が小さく叫びを上げた。
「あっ……」
「……当たり?」
「はい、ここです」
平時より幾分熱っぽい声で、瑠兎が強く言った。
うろのある大木が中央に鎮座している部屋だった。
「ここに……と言うよりも、この木ですね」
「流石に外のを見た後じゃ、小さ…………瑠兎ちゃん?」
「なんです?」
「うろと瑠兎ちゃんが、同じ周期で光り始めてるんだけど?」
「そうですね。……なんなんですかね、これは」
異様に落ち着いた雰囲気の瑠兎に、餡は……。
「さてねぇ。でも、瑠兎ちゃんがその調子なら大丈夫そうね」
「……餡さん?」
「なぁに?」
「ここは餡さんが一人焦って私が落ち着かせるところじゃないんですか」
「なに言ってるの? 問題が起こってるのは瑠兎ちゃんで、その瑠兎ちゃんは落ち着いている。何処に私が焦る道理があるの?」
「いやまぁそうなんですけどね」
もっと、こう。心配とか。ないんですか。
そんなことを呟いているうちに、どんどんと光は大きくなっている。
「とは言っても、流石にこの光量になると心配になってくるわね」
「目が開けられませんからね」
「そうなのよ」
「……あの、私の心配は?」
「こんなコント演ってるんだから、大丈夫よ」
「ううぅ……」
どうにも真面目な雰囲気になれない二人である。
そして、光が唐突に止んだ。
瑠兎も、光が収まっている。
そして、瑠兎は、
「――あれ?」
涙が頬を、伝っていた。
「……?」
餡が、それでもなお平然として瑠兎を見る。
「あ、餡さん、大丈夫です、……大丈夫。ちょっと今、何かの、風景が見えたんです。それで――」
「それで?」
「一瞬で、色々見せられちゃって。ここの機能とか、記憶とか、色々」
「さっきの光が止む一瞬かしら?」
「はい。それで……吃驚しちゃった――のかな?」
それは理由としては弱いんじゃないか、と自分でも思ったので上がり口調になってしまったが。
そしてその、悩んでいる間に。
餡が正面から瑠兎を抱きしめている。
「――っ!?」
「種族が違うって言うのも、やっぱり大変なものよねぇ」
背中をポンポンと手で叩きつつ。
「でもやっぱり、慰め方は種族共通だと思うのよ」
「慰め……? そ、そんな、私は別になぐさ」
「あるいは愛情表現」
「…………えーと」
「まぁ、少なくとも嬉し涙には見えなかったし、ね」
「それはまぁ、そうですけど」
そして、何故だか落ち着く自分がいる。
最後に背中を一叩きし、餡が離れる。
瑠兎の涙は止まっていた(そもそも涙は最初だけしか流れてなかった気もするが、まぁきっと気のせいだ)。
「不思議です……安らぎます」
「ふぅん……やっぱり、この香りは効くのね」
「はい? この香り、と言うと……」
「ちょっとした香水よ。安らぎを与えてくれる」
「あ……確かに匂いが。全然気付きませんでした」
「そう? 結構刷り込まれてるはずだから、それも当然かも知れないわねぇ」
「刷り込み、と言うと……?」
「秘密、って事にしておくわ。それより」
かなり強引に、餡が話題を転換する。
「あ、これの機能ですか?」
瑠兎も、とりあえずそれに乗った。
「そう。さっき、見たとか言っていたわよね」
「はい。もうばっちりですよ」
「……使えるの?」
「問題なく使えますけど……利用は出来ないと思います」
「どういう事かしら?」
「ここは、俗な言葉で言えばワープゲートなんです」
「ふぅん?」
「ですが、ここから移動可能な地域は――」
と、瑠兎は少し顔を曇らせた。
「……ふぅん」
言われなくても察しはついた。確かに、先方がいなければ使用できても利用は出来ない。
一方通行というわけでもないだろうが、向こうに何が待っていると判らないのなら危険すぎる。
人間が生存できる空間が広がっていることすら、保証されないのだから。
「悲しいものよねぇ、やっぱり。過去の遺産を見るのは」
餡が、呟く。それは、特に誰となく放たれたものだったが――
「遺影ですよ、あれは。残された人に、残されたことを思わせる、それだけの、遺影……」
瑠兎が拾った。餡は、珍しく無言を保っていた。
「……で、ホントに良いんですか? 何もなかった、で?」
「あら、そう言うからには報告すべき何かがあったの?」
緑髪の少女と黒髪の女性は、数日前の航路を逆に辿っていた。
あの後、再び王宮に戻り。
確かに何もなかった、変な勘繰りをして申し訳ない、招待を断ってしまった非礼をお詫びしたい――などと、とりあえず問題に発展しそうな種を潰した。
そして、そのまま現在に至る。
瑠兎は、ちょっと笑って、
「そうですね……何も、ないですよね」
言った。
しばらく無言が続く。
「そう言えば、餡さん」
「なにかしら」
「あの時……ええと、私を――その、慰めるときに使った……」
「……あー、まだ気になってたの?」
ちょっと困ったような声。瑠兎は構わず続ける。
「はい。……あの香り。結局、何なんでしょう」
「訊かない方が幸せだと思うけど」
「本当に、そんな次元のお話なんですか?」
「そんなことは、ないと言えばないけど……」
「じゃあ、教えて下さいよぉ」
「うーん……やっぱり駄目」
「そんなぁ、ねぇ、餡さーん」
その押し問答は、その後しばらく(数週間単位で)続いたという。
その後、全く報告することがないというのも問題だからと言うことででっち上げた報告書(ぐだぐだと婉曲表現を乱用して数百文字を稼いだ挙げ句に、『何もありませんでした』で締められている。作成時間三十分弱)があまりにもいい加減で二人ともこっぴどくお叱りを受けた、と言うのは。
まぁ……平和の範疇であろう。
そんなこんなで――
今日も、〈白き月〉は平和だった。
注釈。
ここまで読んで下さったことを、先ずはひとまず御礼申し上げます。
ところで、疑問に思われた方もおられるかとは存じますが、結局あのロストテクノロジーと瑠兎の関係は語られておりません。
読み返す人の出ないように――とは言ってもその辺りから既に巻きがかなり入っていますから、心配無用かも知れませんが。
で、語られていないネタと言っても良い部分ですが――エルフと言えば木、と言う連想で大枠の事実関係の把握は出来るのではないかと思います。
『翠天使』の発動(?)の件は……知っての通りかとは思いますが、彼女のエルフの部分“ではない”能力です。
それが何故引き出されたのか……は、まぁ皆様の数だけ理由があると言うことでよろしくお願いします。
結局注釈と言った形の作者の戯言ではありますが、改めて。
お付き合いいただき、有り難う御座いました。
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