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               第2章    ―――― 北風と太陽 ――――















ミッション・コンプリート。

今日もエオニアの追撃を辛うじて退けたエンジェル隊が、艦へと戻ってくる。

一番最後に着艦を果たしたトリックスターがクレーンのアームでロックされ、艦のハッチ

が閉じられる。

「ふう......」

コクピットの中で、ミントは深い息をはいた。

安堵の溜息――――それもある。本当に、それだけだったらどんなに良いだろう。

彼女の頭にある、大きな耳が僅かに動く。

声が聞こえる。

(あーあー、また派手にやられやがって)

(また徹夜かよ。俺を殺す気か? 冗談じゃねえ)

(ったく、もうちっとマシな戦いできねえのかっつーの)

(何がエンジェル隊だよ。最強が聞いて呆れるぜ)

外にいる、整備士達の心の声。

エルシオールの整備班は、2班に分かれている。1班はクレータが班長を努める、紋章機

のロストテクノロジー関係を担当

する班。そしてもう1班は、紋章機のフレームや装甲板などを担当する班で、仕事の内容

上、男ばかりで編成されている。

言わば、ソフト面とハード面で分かれているのだ。

今ここにいる彼等は、そのハード面の整備士達である。

彼らは怒っていた。

これから始まる、自分達の仕事の量に対して。

そこから派生して、戦闘で紋章機にダメージを負わせてしまった彼女達に対して。

ミントは思う。

当然のことであるが、誰もやられたくてやられたのではない。

精一杯やった。自分の能力の限りを尽くして戦った。それでもなお、かわし切れなかった

傷なのだ。

それくらい彼らだって分かっているくせに。

なのになぜ、私達を責めるのか。

コクピットが開いた。

いつまでもここにいるわけにもいかない。早く出ないと

(ちっ、何グズグズしてやがる、整備が始められねーだろうが。寝てんのか?)

......こう思われるのがオチである。

ミントが立ち上がると、ちょうど脚立を登ってきた整備士と顔が合った。

「ご苦労様です。お願い致しますわね」

愛想の良い笑みで、そう声をかける。

彼は無言でうなずき、彼女のために体を横にずらす。

(なーにがご苦労様だ、偉そうに。何様のつもりだよ)

彼はそう思っていた。

ミントは心に荒涼とした風を感じた。

そんなつもりじゃなかったのに。自分なりに、友好を求めたつもりだったのに。

それでも彼女は笑みを崩すことなく、礼を言って脚立を降りる。

仕方の無い事だ、と心の中で割り切ろうとする。

ここ最近、エオニアの追撃は特に激しく、執拗になってきていた。

必然的に自分達の出撃回数も増し、そして結果、彼らへの負担も増大している。

彼らとてプロだ、そもそもの元凶がエオニアにあることぐらい分かっている。

分かっているからこそ、直接に自分達を責めてくることは無い。

しかし彼らとて人間だ、過大な負担を強いられれば不満は抱く。

敵が襲ってくるのは仕方が無いにしても、戦闘で受けるダメージはもうちょっと軽減でき

なかったのか。

今は不満の矛先が、手近な自分たちの方に向いているだけなのだ。

直接責められないだけ良いのだ、と思わなければならない。普通の人間同士なら、直接的

な行動が無い限り、関係が大きく崩れる

ことは無いのだから。

心の内が読めてしまうのは、私個人の都合なのだから......。

そこまで考えた時だった。

(ちっ、邪魔なチビ助が......!)

「邪魔だ、どけ!」

不意に誰かの心の声が聞こえ、同時にそれとほぼ変わらぬ肉声に怒鳴りつけられた。

「えっ......きゃっ......!?」

深く物思いに沈んでいたミントは、正面から歩いてきていた男に気付かず、まともにぶつ

かってしまった。

大男だった。小柄な彼女は簡単に弾かれ、床に尻餅をつく。

見上げると、口元に髭をたくわえた筋肉の塊のような中年男が、冷ややかにこちらを見下

ろしていた。

この格納庫を預かる、整備班長だった。確か、『親方』という通称で呼ばれている。

(ムカつくガキだぜ、紋章機は壊すわ、邪魔はするわ)

「ふらふら歩いてんじゃねえ。お前はもう上がりだろうけどな、こっちはこれから仕事な

んだ」

「ごめんなさい......」

(まったくよ、こんなガキの尻拭いしなきゃなんねーとはよ)

「あーあ、こんなガキの尻拭いでまた徹夜かよ」

中にはもう、直接的な態度に出てき始めている人もいる。

彼もその一人だった。

ミントはグッと唇を噛み締める。

「ごめん......なさい......」

悔しさを押し殺し、もう一度謝罪の言葉を口にする。

仕方の無い事なのだ、と自分に言い聞かせる。

しかし理屈を受け付けず、感情的になり始めている自分の心を感じる。

疲れているのだ、と彼女はその心に結論付けた。

戦いの後で、自分も疲れているのだ。早く部屋に帰ってしまおう。

――――自分が何か、余計な事を口走ってしまう前に。

ミントは小走りで格納庫の出口へと向かった。

タクトは、帰艦したエンジェル隊を労おうと格納庫に向かっていた。

今日は危ない場面もあった。さすがの彼女達も疲れているだろう、後で部屋に差し入れで

も持って行ってやろうか。

そんなことを考えていると。

ドドドドドドド......

廊下の向こうから、騒々しい足音が聞こえてきた。

見れば遠くから、物凄い勢いで走ってくる人影がある。

なんとなく、子供のころテレビで見た、メガネの弱虫少年がいじめっ子に追いかけられて

いる場面が、頭に浮かんだ。

えーと......じゃあ俺は、青いタヌキ型ロボット?

自分でも意味不明な事を考えているうちに、その人影が誰なのか確認できるところまで近

づいてきた。

「あっ、タクトさーん! お疲れ様でーすっ!」

ミルフィーユだった。

タクトの姿を認めて嬉しそうに笑いながら、でも速度を緩めることなく走る。

「あ、ああ、お疲れ......」

「急いでますんで、失礼しまーす!」

ドドドドドドド......

ステキな笑顔だけ残して、そのまま走り去って行った。

「ああ、さよなら......」

呆然とその後ろ姿を見送っていたタクトだったが、ハッと我に返る。

自分は彼女を労おうと思って来ていたんだった。

「思いっきり元気じゃないか......っ!」

誰だ、疲れているなんて言ったのは。誰だ、差し入れ持っていこうなんて言ったのは。

タクトは慌てて、彼女の後を追う。

「ミルフィー! そんな急いで、どうしたの!?」

後ろから声をかける。

ミルフィーユは振り返り、弾んだ声で答える。

「チャンスなんです、大チャンス!」

「チャンス? って何の?」

「もちろん差し入れのですよ!」

彼女は速度を緩めることなく走り続け、部屋に到着した。

ドアが完全に開ききる間さえあらんと体を滑り込ませ、中へ入る。

タクトがようやく追いつくと、すでに大きな紙袋を片手に、例の手作りプレゼントを詰め

込んでいた。

「差し入れって、整備班の人達に?」

「そうです! さっき格納庫で整備班の人達とすれ違った時に、『あー腹減った』ってぼ

やいてるのが聞こえた

んです! きっとみなさん、ごはんまだなんですよ! チャンスです、今ならきっと喜ん

で食べてくれます!」

輝く笑顔で袋に菓子箱をつめるミルフィーユ。

一刻も早く持って行ってあげたいと急ぐ、その姿。

自分が心を込めて作ったお菓子を、喜んで食べてもらえる事への期待に満ちたその瞳。

しかしタクトはいたたまれない気持ちになり、一瞬感じた胸の痛みに手を当てる。

どうにも嫌な予感がしてたまらなかった。

かと言って、彼女にそれを言う勇気も湧いてこない。

口をつぐんで躊躇しているうちに、彼女は準備を終えてしまう。

「よしっ! それじゃ早速――――」

振り返った彼女は、いま自分が菓子を詰めた袋の、数の多さに一瞬固まった。

大きな紙袋が、7つもある。

「............」

ちら、と彼女がこちらを見る。

タクトは苦笑を浮かべ、軽く息を吐いた。

――――それでも、やってみなくちゃ分からないじゃないか。

そう思い直す。

確かに見通しは良いとは言えない。

でももしかしたら、これがキッカケになって良い方向に向くかもしれないじゃないか。

どうせ放っておいても、事態は悪化する一方なのだ。恐れていても始まらない。

「案ずるより生むが易し、ってね」

「?」

「手伝うよ、ミルフィー。きっと喜んでもらえるさ」

「わあー、ありがとうございますタクトさん」

2人で手分けして7つの紙袋を持つ。

思ったよりも結構な重量があった。これだけのお菓子を一人で作るのは、どれほどの労力

を要する事なのだろうか?

しかもタクトが知る限り、これらの材料費は彼女が自腹で払っているものなのだ。

タクトは半ば、祈るような気持ちでいた。

彼女の誠意が、どうか報われるように、と。

格納庫に向かう途中で、引き揚げてくるミントに出会った。

彼女は2人の抱えている紙袋を見て、目を丸くする。

「それは、一体......?」

「やあミント、お疲れ様。整備班に差し入れだよ、ミルフィーが作ったんだ」

「えっ......」

それを聞いて、ミントは一瞬顔を強張らせる。

次の瞬間にはいつもの穏やかな表情に戻ったが、タクトはその一瞬で、彼女も自分と同じ

事を考えたのだと悟った。

彼女はテレパスなのだ、むしろ自分よりも一層肌身に感じているに違いなかった。

「えへへ、すごい量でしょ? ちょっとがんばっちゃった。あ、もちろんみんなの分もあ

るよ? あとで持って行く

から、楽しみにしててね」

ミルフィーユ1人だけが、何の危機感も無くのほほんと笑っていた。

彼女が一番、穿たれる思いをする事になるかも知れないのに。

「ミルフィーさん」

「ミント」

思い余ったように口を開こうとするミントを、タクトは遮る。

言いたい事はよく分かる。それでも、やってみなくちゃ分からないだろ? 大丈夫、ミル

フィーの打算も駆け引きも無い、

掛け値なしの気持ちだ、おいそれと無碍にする人でなしなんて、そういないさ。

心の中でそう呼びかける。

それを読み取ったミントは、複雑な顔をしたあと、フッと肩の力を抜いた。

「楽観的ですのね......。でも、ミルフィーさん」

「はい?」

「あなたのように行動力のある人がいてくれて、頼もしく思いますわ」

「?? ......うん、任せて!」

たぶん絶対分かっていない様子で、それでも自信満々の笑顔で胸を叩くミルフィーユ。

タクトとミントは苦笑した。

まったくこの、ミルフィーユという少女は。

何も考えていないようでいて、なぜかいつも時節に即応する適切な行動をとる。

いや、何も考えていないのが逆に良いのかもしれない。

自分達は何をするにしても、まず頭であれこれ考える。

結果、思考段階で行き詰まり、何の行動も起こせなくなる。

彼女は違う。彼女は周りの環境を頭ではなく、肌で感じ取る。余計な事は考えず、いまこ

んなだからこうする、と実にシン

プルに自分の行動を決定する。

例えは悪いが、まるで動物のように。

おなか減ったから食べる。ライオンがいるから逃げる。といった具合に、整備班の人達が

大変そうだから差し入れをする、

と考えたのに違いない。

思考段階で詰まることが無いから、行動に瞬発力がある。

ミントではないが、その行動力はこういう時は非常に頼もしかった。とんでもないトラブ

ルメーカー振りを発揮することも

多々あるけれど、こういうときの彼女は値千金、トラブル分を差し引いてもお釣りがくる

と思えてしまう。

「じゃ、行こうかミルフィー」

折も良いところで、そろそろ行こうかとミルフィーユを促す。

が、そこでミントが、なぜか半眼になって言った。

「タクトさん......まさかとは思いますけれども、格納庫までノコノコお菓子を

持って行くつもりではありませんわよね?」

思いっきりそのつもりだったタクトは、突然の事に言葉に詰まる。

するとミントは、ふう、と諦めきったような溜息をついた。

「整備班の方達がああだというのに、あなたがミルフィーさんの差し入れを一緒に持って

行ったらどうなるか、想像がつきま

せんの?」

「......へ?」

「司令官としての自覚が無さ過ぎですわ」

そう言われて少し考え、タクトはようやく合点がいった。

「ああ、なるほど。公平性ってやつね」

「そういうことですわ。運ぶんでしたら私が手伝いますから」

「いいのかい? ありがとう」

「せめてこれくらいしないと、ミルフィーさんに任せきりじゃ申し訳ないですから」

ミントは顔を上げ、さっきからハニワ顔になっているミルフィーユに向かって、たおやか

に微笑む。

「さ、参りましょうか、ミルフィーさん」

「ええ......あの、なんで私がタクトさんと一緒じゃまずいのかな?」

「ミルフィーさんは何にも悪くありませんのよ、悪いのはあちらの無自覚な殿方ですわ。

よろしいですから私と一緒に参りま

しょう、悪いようには致しませんから」

「ミ、ミント、そんな風に言わなくたって......」

「何も聞こえませんわね。さあ、ミルフィーさん」

「え、ええ......あ、タクトさん、どうもありがとうございました」

半ばミントに引きずられるようにして、ミルフィーユも歩き出す。

一人取り残されたタクトは、歴代の名将たちが味わってきた、指揮官の孤独と悲哀をしば

し噛み締めた。

「......指揮官たるもの部下を信頼し、かつその結果には責任を負わなければなら

ない」

言い訳のように仕官訓を暗唱し、気を取り直して2人の後を追う。

一緒には行けないまでも、どうなるのかを遠くから見守るために。

結果としては、成功だったと言って良いだろう。

整備班の面々には、ミルフィーユが期待していたような歓迎を受ける事は無かったもの

の、タクトが危惧していたような冷遇

を受けることもまた無く、概ね常識的な態度で受け入れられた。

どうやら事態は、自分が思っていたほど深刻ではなかったらしい。

ハラハラしてドアの陰から様子を見守っていたタクトは、ホッと胸をなで下ろした。

「うーん、思ってたよりリアクションが薄かったです。もうちょっと喜んでくれるかと

思ってたんですけど」

戻ってきたミルフィーユはそう言って、口に指を当てて眉根を寄せて天井を見上げる。

お悩みポーズで原因究明にふける彼女に、タクトは笑顔で答える。

「そんなことないさ。きっとみんな内心では、万歳三唱して街中パレード引き回してる

よ」

「そうでしょうか。どっちかって言うと、お仕事の邪魔しちゃったみたいでした」

「そこはほら、みんなプロだから。今ここでパレード引き回したら、紋章機の整備が終わ

らないからね。いやあ、艦長として

は頼もしいなぁ」

何より、彼女が傷つかずに済んだことが嬉しかった。

タクトは大袈裟な物言いで、彼女の感じた微妙な違和感を笑い飛ばしてやる。

成功したんだと言い聞かせる。

自分が悪意を向けられているなど、ミルフィーユには気付いてほしくなかった。

彼女の、あの天真爛漫な笑顔が曇ってしまうなど、我慢ならなかった。

そのためならと、道化のようにおどけ、はしゃいでみせる。

「まあ、もし俺だったら仕事なんてほっぽり出して引き回しちゃうけどね」

「ホントですか? じゃあ私もやっちゃいます。紙ふぶきとかもたくさん用意して、ラッ

キースターで上からバラ撒いちゃ

いますよ!」

「お、いいねぇ。よーし、その時はエンジェル隊でアクロバット航空ショーだ!」

「はいっ、わたし頑張ります!」

「......ミルフィーさん。お菓子作ってあげて、そのうえ航空ショーまでしてあげ

るつもりですか」

ミントが呆れて言う。

「ショーの後は2人で出店を回ろうか、何か買ってあげるよ。焼きそばわたあめタコヤキ

金魚すくい、なんでもござれだ」

「あ、いいんですかー? そんな安請け合いしちゃって。後悔しますよ?」

「ふふん、望むところさ。遠慮せずに全力で来い!」

「分かりました、そうまでおっしゃるならその勝負、お受けしましょう!」

「......そして私は無視ですか......」

ミントを置き去りに、ハイテンションで突っ走るタクトとミルフィーユ。

そうするうちに、差し入れのリアクションに対する違和感の事はすっかり消し飛んでい

た。

和気あいあいとした雰囲気のうちに、部屋へたどり着く。

「じゃあ私、みんなとのお茶の準備がありますから」

「ああ。お疲れ様、ミルフィー」

「ミントも、また後で」

「ええ。お菓子、楽しみにしていますわ」

ミルフィーユは笑顔でドアの向こうへと姿を消す。

ドアが完全に閉まったのを確認してから、ミントは息をはいた。

「......時々、ミルフィーさんって本当にすごいって思います」

「ん? どうして?」

ミルフィーユと散々盛り上がり、その余韻が残っていたタクトは少々浮かれていたのかも

知れない。

振り返ったミントの横顔に浮かんでいた沈痛に、その時になってようやく気が付いた。

「ど、どうしたの?」

「私だったら、前回あんな目にあって、なお同じ相手に変わらない誠意を示すことなんて

出来ませんもの」

「え?」

「............」

ミントはタクトを見上げることなく、ふいと踵を返して歩き出す。

彼は慌てて後を追った。

どこへともつかぬ足取りで歩く彼女の隣に並び、尋ねる。

「ミント、どういうことだい? 前回って......」

「前回は前回ですわ。こないだミルフィーさんがチーズケーキを持って行った時なんて、

ひどいものでした」

「!?」

頭から冷水を浴びせられたような気がした。

「菓子作るヒマがあるのか、いいご身分だな。こっちが洗っても取れないくらい油にまみ

れている時に」

俯き加減に、独り言のようにミントは言う。

それは恐らく、その時に整備班の人間がミルフィーユに投げかけた言葉。

「温かい飯、腹いっぱい食べて。ちゃんとしたベッドで、ぐっすり寝て。出撃の時に機体

がすっかりきれいになってる

事なんて、自然現象と同じくらい当たり前にしか思ってないんだろ」

悔しげに唇を噛む。怒気を含んだ声は震えている。

「痛烈に皮肉を言われて、嘲笑されて」

両の拳は固く握り締められていた。目じりには涙さえ浮かんでいた。

「ミルフィーさんが、寝る間も惜しんで、真夜中に一人で、すっかり冷めたご飯を食べな

がら作ったケーキなのに......」

タクトは、先日ミルフィーユの部屋を訪れた時のことを思い出していた。

「目の前で、力任せにゴミ箱へ叩き込まれて......っ!」

(えへへへー、今度こそ自信作なんですよー)

自然、ミントの足は止まっていた。

しばし激情に耐えるように全身を震わせる。

これほど感情を高ぶらせた彼女を見るのは、初めてだった。

しかしタクトは、知らされた事実に呆然としており、かける言葉さえ見つけられずにい

た。

やがて彼女は、無理やり落ち着かせた声で、静かに言う。

「なのにミルフィーさん、後で私に何て言ったと思います? 『チーズケーキ、嫌いだっ

たのかな?』......って。そして、

心の中で何て思ってたと思います? 『悪い事しちゃった。また別のお菓子で頑張ろ

う』......って!」

こんな馬鹿な話があるだろうか。

純粋に厚意からした事を、相手の勝手な解釈で誤解され、それで反省するのはこちらであ

るなど。

「今日は......本当に良かったです。.....ほんとうに、良かっ

た......」

ミントはそのまま、静かに歩き去って行った。

最後までタクトの方を見ることなく。

タクトはいつまでもその背中を見送っていた。

最後まで彼女にかける言葉を見つけられないまま。

俺は何を......浮かれていたんだ?

俺は、いったい何を......守れたなどと思い上がっていたんだ?

言いようの無い感情が、全身を支配していた。