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 第9章      ―――― 神の一手 ――――

それは、少し時間をさかのぼる――――。

「苦戦しているようだな」

彼はブリッジに入ってくるなり、そう言った。

タクトとレスターが、その声に驚いて振り返る。

「シヴァ皇子......?」

「なぜ、こちらへ」

彼――――シヴァはその問いには答えず、正面のスクリーンを悠然と見上げる。

「妖星乱舞......まさかこの目で見る事になるとは思ってもみなかった」

額には、玉のような汗が浮かんでいる。なぜか呼吸も乱れている。

それに気付いたレスターが、ハッとして尋ねた。

「皇子、いかようにしてこちらへ? 厚生関係へのエネルギー供給は完全にストップして

いるはず......」

艦内の交通機関など、真っ先に供給を止められて完全に麻痺しているはずなのだ。

その問いに、皇子は鼻で笑って答えた。

「エネルギーが無い。だからどうした?」

「まさか......」

「そんなものが無かろうと、私にはこの2本の足がある」

してやったりという顔で、少しだけ誇らしげに。

トランスバール皇王家の第1継承者が、ロストテクノロジーを満載したこの儀礼艦におわ

して。

走って来たのだ。人間として、最も原始的な方法で、ここまで来たのだ。

「そんなことよりも。戦況はどうか」

「は、エンジェル隊を始めとして、総員一丸となって奮戦しておりますが......そ

の......」

「その、何だ」

「......は、残念ながら、戦力差は如何ともし難く......」

苦渋に満ちた顔で言葉を濁すレスター。

シヴァは眉根をひそめて彼を睨んでいたが――――やがて、フッと表情を和らげた。

「......よい。私とて、大方の状況は把握しているつもりだ。意地の悪い真似をし

てすまない」

「恐縮です」

「して、タクトよ。本当に打つ手は無いのか? 悪知恵だけは働くお前らしくもない」

話を振られ、タクトは唇を噛み締めた。

「申し訳ありません......」

シヴァは大仰に溜息し、腰に手を当てた。

「呆れたな。この程度の逆境も打破できずに、よくこれまで生き延びて来れたものだ」

この程度。

伝説の妖星乱舞を向こうに回して、この程度呼ばわりである。

2人は3度驚いて、幼い皇子を見つめた。

「皇子、まさか、何か策がおありで......?」

「簡単ではないか。要は、我の火力が増せば良いのであろう?」

「そうですが。しかしこの艦はすでに、持てる戦力をすべて投入しているのです」

「この艦だけの火力で及ばぬのなら、援軍を呼べば良いではないか」

「ですが! 一番近い第5方面隊を呼んだところで、到底間に合わないのです!」

そんなことぐらい、真っ先に考えたに決まっている。

やはり、子供の考える事か......。

思わず相手が誰であるかも忘れて声を荒げるレスター。

が、皇子はそれすら意に介した風も無く、言った。

「――――誰が、味方を呼べと言った?」

2人が固まる。

「言ったであろう、要は火力が増せば良いのだ。そのための援軍が、味方である必要は、

まったく無い」

「............」

「............」

「そして、この艦には、私がいる」

その意味が頭に浸透するのに、しばしの間が必要だった。

幼い皇子の言葉――――それは正に、神託であった。

みるみるうちに、2人の表情が歓喜に彩られる。

「なんてこと......なんてことだ......! まさか、こんな盲点

が......っ!」

「皇子、まさに......まさに彗案です!」

「ふん、ようやく分かったか。私が言いたかったのは、それだけだ」

子供が浮かべるにはきつい皮肉の笑みを残して、皇子は踵を返す。

「しかし、これでは後にも皇子の身を危険に晒すことになってしまいます」

「......他に手があるのか?」

「......いえ......」

「これでも、お前達の献身には感謝しているのだ。お前達のために、この身が役に立つの

なら......」

最後まで言うことなく、皇子はドアの向こうへ去って行った。

予感がした。未来への光明を見た思いがした。

かの皇子ならば。

我らのシヴァ皇子ならば、きっと――――。

立ち去ったそのドアに向けて、直立不動で敬礼をする。

そしてタクトは、勢いよく振り返り、命令を下す。

「通信! いますぐ全回線、全方位のセキュリティを解け! この艦の座標を、銀河中に

暴露するんだ!!」

その一言はまさに、神の一手であった。

そして――――。

終焉へとひた走っていた運命の歯車は、逆転を始める。

「おのれえええええぇぇぇっ! 謀りおったな蘭花・フランボワーズううう

うぅぅぅぅっ!」

有り得べくもないはずの声に、遠のきかけていたランファの意識は無理やりに覚醒させら

れる。

焦点が合わずにぼやける視界。

それでも見間違うわけがない、『アイツ』の姿。

「なんで......?」

「見損なったぞおおおぉぉぉ、こんな卑怯な罠にはめるとはああああぁぁぁっ!」

「罠......? あんた、何言って......。てゆーか......なん

で......?」

「まったく、君には失望した。君の姑息さには、美学があった。わたしもその1点だけは

認めていたというのに......

それが、こんな外道な謀略をめぐらすとは......!」

「もっと状況を見てから......ものを言って頂けませんこと......?」

パネルにしがみ付いて、辛うじて上体を支えている格好で、ミントは弱々しく言い返し

た。

「状況。状況か! ハッ、よし見てやる! 前も後ろも、右も左も、上も下も! どこを

見ても隕石だらけ、最悪だ!

こんな座標におびき寄せるとは、さすが成り上がり者の娘だ! 人道を踏み外した、畜生

の汚さだっ!」

「......だから、罠ならどうして、私達までその中にいるのか......そんな

疑問は、浮かびませんの......?」

「......つまり、お前達も巻き込まれたクチだったのか......」

「礼は言わないよ......。あんた達が勝手に追ってきたんだからね......」

レッドの後ろで、彼に守られるような形で。

それでもフォルテは、矜持のように憎まれ口をたたいて見せる。

「ああ......要らん。お前の言う通りだからな......」

「......張り合いの無い男だねえ、相変わらず......」

「口の減らない女だな、相変わらず......」

「へ、へへん、もう動けないんだろ? 『助けてくださいベルモットさま』って言ってみ

な、そしたら助けてやる!」

「............」

「お......オッ? 言わないのか? 死んでもいいのか!?」

「......言わなくても......あなた、もう撃ってるし......」

「当たり前だろ! 撃たなきゃオイラが死んじまう!」

「じゃあ......言わない......」

「ちっ、畜生! この食い逃げ女! 金返せーーーっ!」

数奇な運命というならば、これこそ正にそうだった。

エルシオールの座標を捕捉し、真っ先にクロノドライブしてきたのは、エオニア軍の追撃

艦隊。

母艦ケルベロスを飛び立った、ヘルハウンズ隊であった。

「君にしちゃ、軽率だったじゃないか。ドライブアウト先を確かめもせずに追ってくるな

んて」

タクトは通信を入れてきた先――――旗艦バージンオークの司令官、シェリー・ブリスト

ルに皮肉の笑みを向けた。

「否定はしない......。こうなってしまったからには、やむを得ない」

「歓迎するよ。とにかく、あと3時間、一緒に頑張ろう」

「......3時間?」

「第5方面隊に連絡がついた。あと3時間で来てくれる」

タクトの言葉に、シェリーは先程の報復とばかりに、嘲笑を投げかけてくる。

「1時間だ」

「え?」

「あと1時間で、我らがエオニア第8艦隊が到着する。それまで耐えろ、そしておとなし

く捕まるんだな」

タクトは肩をすくめた。

「......オッケー。この際だ、それで手を打とう。贅沢は言わないよ」

「おそらくこの戦闘で、私の艦隊にも相当な被害が出る......。沈むなよ、貴様等

は、大事な手土産だ」

「頼りにしてるよ」

友好の笑みを浮かべるタクトに、シェリーは少しだけ呆れた様子で。

「今だけは......貴様等にも、幸運を」

「君達にも。おそらくは......俺達と、君達と、最初で最後の......共同戦

線だ!」

通信が切れる瞬間――――。

彼女は気付いていたのだろうか?

自分が、薄い笑みを浮かべていたことに。

そして、ラッキースター。

「ん......」

完全に意識を失っていたミルフィーユ。

まず感じたのは、激痛。

全身が痛みに覆われ、どこを怪我しているのかさえ判断できない。

コクピット内も、自らの血で一面、汚れている。

「死ぬのかな......」

朦朧とした意識の中、ボンヤリと考える。

そしてふと、思い出した。

なぜ自分は、まだ生きているのだろう?

妖星乱舞の真っ只中で、気絶していたというのに。

また、私の強運? でも、いくら何でもまさか――――?

『やあ......気がついたかい? ハニー......』

声。

のろのろと視線を上げた先。

まるで、荒れ狂う波を前に敢然と立ちはだかる防波堤のように。

カミュ・O・ラフロイグがラッキースターを守っていた。

『本当なら、眠れる姫に目覚めのキスと行きたかったのだけど......こんな状

は、そうもいかなくてね......』

口調こそいつもの、自己陶酔全開なものだったが。

声音には、明らかに苦痛と憔悴が滲んでいる。

自分は一体、どれほどの間、気絶していたのか。そして彼は、どれほどの間、こうして自

分を背に戦い続けていたのか。

「どうして......」

『ふ、すべては愛......と言いたいところだけど。まったく、君達の司令官は、大

したものだよ』

カミュは手短に、事情を説明する。

エルシオールの座標を掴み、追ってきたこと。

そうしたら妖星乱舞の真っ只中に出てしまったこと。

自分達が生き延びるために問答無用で戦う羽目となり、エルシオールどころではなくなっ

てしまったこと。

そして――――おそらくこれは、誰かが考えた起死回生の策であるということ。

簡潔な説明だったが、それでも今のミルフィーユには理解できない。

ボンヤリと、「この人が助けてくれたんだ......」と思うだけだった。

だから、お礼を言う。

「ありがとう......」

『............』

するとなぜか、カミュは一瞬沈黙し、恐る恐るこう言ってきた。

『もう一度、言ってくれないか......?』

「?」

不思議に思いながらも、ミルフィーユは乞われるまま、もう一度言う。

「助けてくれて、ありがとう......」

『......キミに永久の眠りを、永遠の夢を与えることが許されるのは、銀河中でボ

クだけなのだ......』

カミュの声は、震えていた。

『他の誰かに......何かに、キミを無残に散らされるなど我慢ならな

い......』

「カミュ......さん......?」

フッと、彼が穏やかな笑みを浮かべるのが、無線を通じて伝わってくる。

『初めてボクの名前を呼んでくれたね、ハニー......』

「あ......」

『分かった気がする......。ボクはただ、キミのその一言が欲しかっただけなのか

も知れない。

戦いの後、色々なイザコザがあったものの。

結果的に言うと、エルシオールは捕まって本星へと連行された。

エンジェル隊やタクト達軍属の者は牢に入れられ、シヴァ皇子は即刻処刑されることと

なった。

そう、シヴァ皇子は即刻、処刑されるはずだったのだが――――。

最初の処刑執行日、なぜだか天変地異のような集中豪雨が首都を襲った。

公開処刑だったのに、そのせいで人が集まらず、これでは見せしめにならないということ

やむなく延期。

仕切りなおして2回目の処刑日。

空は快晴、報道陣も大勢おしかけて絶好の処刑日和(?)だったのだが。

議会や軍部の関係者各位が、風邪だの盲腸だの妻が出産だので軒並み欠席。

来賓席はガラガラとなり、これでは格好がつかないということでまたしても延期。

今度こそはと万全の体勢で臨んだ3回目の処刑日。

なぜだかエオニアの傭兵達が、賃金引き上げを要求してメーデー決起。

処刑場を占拠して警官隊との暴動騒ぎへと発展し、またもや処刑はうやむやのうちに延期

となっていた。

ちなみに警官隊が突入した時、壇上で熱弁を振るっていたある人物が、警官に取り押さえ

られた際に

「ぬおおおぉぉぉ、スタウト死すとも自由は死なずううううぅぅぅ!」

とか叫んで聴衆に感動の嵐を巻き起こしたとか、巻き起こさなかったとか。

まるで天が許さぬかの様に、伸びに伸びる皇子の公開処刑。民衆の間では

「子供の運動会か」 「ホントにやる気あるのか」

と冷笑を買っているらしい。

そして――――。

「見よ、蘭花・フランボワーズうううぅぅぅ、この俺のぉ、鍛え上げられたぁ、肉体をお

おおおおぉぉぉぉっ!!!」

「ちょっ、やめ......って、きゃああああああぁぁぁっ! なんてもの見せんのよ

おおおおおぉぉぉっ!」

「ぬおおおおっ!? パンツがぁ! 鍛え上げられた俺の腹筋に耐え切れず、パンツのゴ

ムがあああああああぁぁぁっ!!!」

「バカ! 痴漢! 変態ッ! あっち向くぐらいしなさいよぉっ!」

「ふぅ......賑やかだねぇ......」

鉄格子にもたれ、フォルテは隣りから聞こえてくる叫び声にのんびりと呟いた。

「......五月蝿い......」

彼女が投獄されている牢屋から、通路を挟んで向かい側。

同じく投獄されているレッド・アイが仏頂面で言った。

「あーあ、どうせ何もすること無いんだったら、一杯やりたいねぇ。赤提灯の屋台で、こ

う、キューッと」

「......同感だ」

「お? 気が合うねぇ。おでんの具は何が一番好きだい?」

「......はんぺんが、特に良い......」

エンジェル隊がそれぞれ投獄されている独房の向かいに、メーデー騒動で捕まったヘルハ

ウンズ隊の面々が投獄されて来た

のは、ほんの2日前。

この時はお互い、何の嫌がらせだ、と思ったものである。

「では、4−5のルークといきましょうか。さあ、チェックメイトですわ」

「ぬっ! ぐぐ......ふ、ふん、図に乗るなよ、今回は花を持たせてやったん

だ!」

「まあ、もう88本目ですわよ? こんなに頂いては、両手でも持ちきれませんわ」

「嘘つけっ! 87本目だ、まだっ......!」

「両手いっぱいの花束なんて、古風な手ですわね。でも嬉しいですわ、うふ

ふ......」

「何の話だっ!!」

ミントとリゼルヴァが、お向かいで空想チェスに興じていた。

床に図盤さえ書かず、頭の中だけで全体の駒を動かし、競うのである。

この2人、いろいろアレだが、頭が良いのは確かだ。

「そんでさ、そいつときたら『PW−50なんてガラクタ、いつまでも使えるわけないだ

ろ、カッコ悪い』なんて言ってきたん

だぜ!? つい半年前、2人でPW50には素晴らしい発展性が秘められている、バー

ジョンアップに命をかけようって誓い合

ったばかりだったのに! オイラは裏切られたんだ!」

「............」

「なにがカッコ悪いだ! 確かにPWはドジだしトロくさいところもあるよ、バグがたま

に出るとかDNLが3テラバイトしか

ないとか、否定はしないさ! でもだからこその未知の可能性、開拓すべきフロンティア

が残っていたんだ! しょせんあいつ

もただのミーハー、勇気ある冒険者じゃなかったんだ」

ヴァニラとベルモットの間は、ひどくオタクくさい悩み相談室となっていた。

ベルモットは何やら昔の古傷のことを、涙ながらに打ち明けている。TWEIRシリーズ

とかQ−55Rとかディヴィジョン・

スライスターの致命的欠陥とか、素人にはまったく意味不明の単語を悲痛な面持ちでまく

し立てるのである。

はっきり言って、どう同情すればいいのかさえ分からない。

それでも話すだけ話すと、彼はスッキリした笑顔を浮かべた。

「いやあ、お前がこれほど話の分かる女の子だとは思わなかったなぁ。見直したよ」

「......そう......」

ちなみにヴァニラは話の間、一言も口をきいていない。

「ふ......やっと2人きりになれたね、ハニー......」

「2人きりって言えるのかなぁ? これって」

「もうボクの瞳には、キミしか見えない......」

「そりゃ、あと見える物って言ったら、鉄格子くらいだし」

「ああっ、運命とは何と残酷なんだ。愛し合う2人をこんなにも近くまで引き合わせなが

ら、それでも触れ合うことを許さない

なんてっ......!」

1人で煩悶するカミュ。そこへ。

「心配するな。愛し合う2人なら、ちゃんと触れ合えてるから」

ミルフィーユの隣りの独房。

タクトが余裕たっぷりに格子際まで歩み寄り、格子の隙間から手を伸ばす。

「ほら、ミルフィー」

「タクトさん......」

ミルフィーユは頬を赤く染めながら、同じように格子の隙間から手を出して、そっとタク

トの手を握る。

「うおおおおぉぉぉ!? け、汚らわしい! 手を放すんだハ二ー、キミが汚れてしま

う!」

あっさりトチ狂うカミュ。

「もう、カミュさんうるさいですっ! せっかく、あの戦いの時は良い人だなって見直し

てたのに」

「フッ......キミに名を呼ばれる事の、なんと甘美なことか......」

あっさり元に戻り、白い歯を光らせる。

ミルフィーユに名前を呼んでもらえるのが、よほど嬉しいらしい。

「態度変わりすぎ......」

「何か言ったかね? 醜男君。いつまで握っているんだ、レディに対して失礼だよ」

「へいへい」

タクトは手を放しかけ――――。

「ていっ」

「きゃっ......?」

再びミルフィーユの手を取り、引き寄せる。

「うおおおおぉぉぉ!? け、汚らわしい!」

「......おもしろい」

「タクトさん、カミュさんで遊んじゃダメですよ」

(むうぅ、焦るとパンツを脱ぐのも困難なものだな......)

(ヒック......グスッ......もうお嫁に行けない......)

(むっ! 蘭花・フランボワーズよ、パンツのゴムを持っていないかっ!?)

(持ってるわけないでしょっ!!)

レッド・アイが珍しく自分から話しかけてきた。

「......これからどうする」

「んー、そうだねぇ。まあ、何とかなるでしょ」

フォルテは頭の後ろで手を組み、お気楽に言った。

「何たってこっちにゃ、ミルフィーがいるんだからね」

「......?」

「そうですわね、たとえばこの監獄の近くを歩いている人がタバコをお吸いになってい

て」

ミントが楽しげに提起をする。

「......捨てたタバコにまだ火がついていて......」

ヴァニラが後に続く。

「そーね、それが風に吹かれて、たまたま裏口に積み重なってた古新聞に燃え移って」

ランファが妙な実感のこもった声で言い

「大火事になって、慌てた看守がそこの階段でコケてさ。なあタクト」

フォルテがタクトに話を振る。

「ああ、看守が持ってた牢屋の鍵が、偶然俺の目の前まで滑ってきたりしてね」

タクトは楽しげにそう締めくくった。

「いったい何の話なんだい? ハニー」

不思議そうに尋ねるカミュに、ミルフィーユは引きつった笑顔で首をひねった。

「えっと、その、私に訊かれても......」

「馬鹿馬鹿しい。そんな都合の良い偶然が、起こるわけがない」

「あ、あはは......」

――――その夜。

監獄は大火事に包まれた。

看守が、階段でコケた。

そしてタクトの目の前に、牢屋の鍵がたくさんついた鍵束が滑ってきた。

「馬鹿な......」

次々と鍵を開けてエンジェル隊のメンバーを助け出しているタクトの背中を見つめなが

ら、カミュは呆然と呟いていた。

全員を助け出したタクトは、そんな彼に振り返って微笑む。

「気持ちは分かるよ。ちょうど半年前の俺が、今の君と同じ気持ちだった」

そして、彼に向けて使い終わった鍵束を放る。

「また会おう」

「さあ! これから大忙しだよ!」

フォルテが威勢の良い声で叫んだ。

「ですわね! まずはこの監獄に閉じ込められてるレスターさん達を救い出して」

嬉々としながら答えるミント。

「シヴァ皇子を......お救いして......!」

ヴァニラもどこか高揚した声で続く。

「エルシオールを奪回して!」

看守を完全に昏倒させて、ランファも応じる。

「みんなで大脱走ですっ!」

弾けるような笑顔で、ミルフィーユが拳を突き上げた。

「うおおおおぉぉ、また会おう、強敵(とも)よおおおおぉぉぉっ!」

「99回目の勝負は、まだ途中だからなぁ!」

「バイバーイ、またGOXについて熱く語ろうぜぇ!」

「......忘れるな、はんぺんだぞ......」

「また戦場で......愛しいハニー......」

燃え盛る監獄内を、6人は駆け抜ける。

「きゃっ......?」

倒れた椅子に足を取られ、転倒するミルフィーユ。

「ミルフィー!」

しかし寸前のところで、間一髪、タクトが抱きとめた。

「大丈夫かい?」

「は、はい、ありがとうございます、タクトさん」

「ったく、危なっかしいねえミルフィー!」

先頭でフォルテが、楽しげに叫ぶ。

ミルフィーユの手を引き、前に追いつくタクト。

それを迎える4人。

再び6人そろって走り出す。

「タクト!」

ランファが振り返り、輝く笑顔で言った。

「ミルフィーはあんたに任せた! その手、絶対に放しちゃダメだからね!」

「ああ......!」

タクトは肯き、声の限りに叫んだ。

「――――もう絶対に、放すもんか!」

   Galaxy Angel Another

                                       

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         ―――― Amazing  Grase

 ――――

                            fin.