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PRICELESS(前編)



 エルシオールに特別に設けられた船内弓術場にて、2人の男女がいる。いや、もう一人男だか女だかわからない中性的な容貌の美形がいる。
―――睡眠中であるが。
 女は、長いストレートの黒髪をもち、弓道の選手が着るような弓道着を身にまとっている。
一方、男は紺色のスーツを着た若いサラリーマンのような格好をしている。睡眠中の美形はラメの入った派手な衣装だ。
「・・・・。」
 女―――烏丸ちとせは、弓に神経を集中させ、射る。
 ビーーーーン
矢は、見事に的のど真ん中に突き刺さる。
「すげえ、百発百中じゃないか!・・・、おいおい、ルビナス。寝てんじゃない!」
 男―――サフィエル・モンブロンは、寝ていた美形―――ルビナスをはたき起こす。
「あ、ごめんごめん兄さん。あんまり気持ち良かったもんだからつい。」
 ルビナスが謝る。
「全く・・・。」
 サフィエルはあきれている。
「みなさ〜ん、おやつの時間ですよ。」
 ピンク色の髪をした少女―――ミルフィーユ(以下ミルフィー)が明るい声でこの場の3人を呼ぶ。
「あ、ミルフィーさん。」
 一番反応が早かったのはルビナスだ。
「お待たせ〜、今日はちとせの大好きな和菓子系統でせめてみました。」
「まあ、ありがとうございます。ミルフィーユ先輩。」
 ちとせが会釈する。
「いただきます・・・。・・・、ん、美味しいです、ミルフィーユ先輩。」
 ちとせが美味しそうに食べる。
「ミルフィー、和菓子は今日初めて作ったのか?」
 珍しくサフィエルがたずねてくる。
「はい。けっこう難しいお菓子もありましたけど何とか仕上がりました。」
 ミルフィーが笑顔で答える。
「ミルフィーさんって、お料理の天才ですね。」
 ルビナスはもちろんにこやかにおだてる。
「えー、そんな事ないですよ、エヘヘヘ。」
 ミルフィーはおだてに弱かった。
「このお菓子なんか特に難しくて、私は一度も成功したことないんですよ。」
 ちとせは、特に細かい芸が必要そうなお菓子を手に持ちながら言った。
「ちとせちゃんの料理か・・・。食べてみたいなあ・・・・。」
 サフィエルがつぶやく。
「でも、金持ちの家に嫁げば料理なんて自分でしなくても大丈夫ですよ。よっぽど料理が好きな人は別でしょうけど。」
 ルビナスが下らない茶々を入れる。
「でも、私はお料理がもっとうまくなるようにがんばりたいと思います。」
 ちとせは、ルビナスの茶々にもめげずに真剣に答える。
「ちとせちゃんって、本当にまじめだよなあ。」
 サフィエルがほめる。
  
 ある日、フォルテが、銃の訓練場で銃を撃っていた。すると
「フォルテ先輩、こんにちは。」
 ちとせが礼儀正しく挨拶をする。
「よう、ちとせ。」
 フォルテが軽く返事する。
「それは、火薬式の銃ですよね。確か反動がきついはずでは・・・。」
「そうだよ、アタシはこの反動が好きでね・・・。ものを撃った感じが出てさ・・・。」
「その気持ち、わかる気がします。」
 その時、フォルテとちとせが感慨にふけっているのを邪魔するような無粋な足音が聞こえた。
「よお、ちとせちゃん。」
 サフィエル・モンブロンその人だった。
「あ、モンブロン中尉。」
 ちとせは他人行儀に呼びかけた。
「ちとせちゃん!今日は君のために注文した弓が今日やっと届いたんだぜ。」
 サフィエルが興奮気味で語る。
「え、私のためにですか?」
 ちとせも興奮気味だ。
「そうそう、業物と呼ばれる"銀河の加護"だぜ。誕生日プレゼントにぴったりだと思ってな。」
 業物として名が知られている弓だ。値段は500万ギャラクシー(現実世界での500万円)は下らないといわれるほどだ。
「ほ、本当ですか!?」
 ちとせも驚きを隠せなかった。何せ自分が使えるなんて夢にも思わないからである。
 で、その興奮を覚ますかのような足音が聞こえた。
「兄さん、ちとせさん見つかりましたか?」
 ルビナスだ。
「なんだい、あんたまで来たのかい。」
 フォルテが呆れたようにいった。
「そうそう、ちとせさん。ミルフィーさんがバースデイケーキ作ったんですよ。
 できたんで呼んでくるようにとミルフィーさんから。ちなみに、場所は食堂です。」
 ルビナスが言った。
「え、ミルフィー先輩がですか?はい、すぐに参ります。」
 ちとせはそう言うと、すぐにかけていった。
 
「お誕生日おめでとう、ちとせ。」
 ミルフィーの元気な声が響く。
「今日は、ミルフィーさんが作った和菓子風ケーキなんですよ。どうぞ。」
 なぜかルビナスが話している。
「え、なんかチョコレートケーキみたいですね。」
 ちとせが驚いたように語る。
「うん、表面にさらしあんをつけたり、和菓子の技術を作ったり大変だったんだよ。」
 ミルフィーが笑顔で語る。
「さっそくみんなで食べましょう。」
 そうして、みんなで誕生日ケーキを食べていると・・・。
「じゃあ、ボクからのプレゼントです。じゃんじゃ〜ん。」
 ルビナスが得意げに出す。
「みよ、女性用高級十二単風の服セットだ。」
 そこには、ルビナスが着ているような高級そうな生地を使った服があった。
「なんか、いい布ですね・・・。」
 ちとせが返事をする。
「でしょう?これ、本当は100万ギャラクシー以上はするんですよ。」
 ルビナスが調子に乗る。
「で、実際は?」
 ジルコが突っ込んでくる。調子に乗って、価格まで言ったのは失言だった。
「・・・、実家の名前を出して、20万ギャラクシーでやってもらいました。」
 ルビナスが気まずそうに答える。
「余計なことまで言ってしまいましたね・・・。」
 クーラの突っ込みも入る。
「・・・、ちょっと、これ重いんじゃない?」
 ランファが尋ねる。
「ああ、それは6kg程あるんです。」
 ルビナスが平然と答える。
「6kgも?重いー。」
 ランファが驚いている。
「大丈夫ですよ、私のなんて礼服用なんで10kgはあるんですから。」
「なんかずいぶんと動きずらそうな服だねえ。」
 フォルテも呆れたようにあいの手を入れる。
「大丈夫、すぐに慣れますよ。」
「は、はあ・・・。」
 ちとせは返事を返すのがやっとだった。
「まあ、見た目が綺麗だとは思いますわ・・・。」
 ミントも完全に呆れ顔だ。
「じゃあ、次はアタシね。アタシのプレゼントはとっても役に立つわよ。ジャジャ〜ン。」
 ランファは白い粉の入った小さいビンを2,3個出した。
「シャブか?」
 エメードが変な突込みを入れる。
「麻薬じゃないわよ!失礼ね!これは、アタシが通販から取り寄せた銀河ほれさせ薬よ。
 飲むとフェロモンが出るのよ。これで、ちとせもモテモテになるわよ。」
 ランファは自身満々に語るが、ルビナス以上にタチの悪いプレゼントだということに気づいていない。
「ランファ、またなんか怪しい薬を手に入れたのかい?」
 フォルテが呆れ顔だ。
「フォルテさん、怪しくないですよ。」
 ランファが言い返す。
「で、これいくらすんの?」
 サフィエルの質問に、ランファは1つで1万ギャラクシーすると答えた。
「よし、わかった。それは偽物だ。」
 サフィエルはあっさり結論を出した。
「そんな事、何でわかるのよ!」
 ランファが言い返す。
「本当のほれさせ薬をそんな安い値段で売ってたまるか!全く、金銭感覚のない貧乏人はこれだから・・・。」
 サフィエルが愚痴った。
「何ですって?」
 今の言い方にはランファもカチンときたようだ。
「もう一度いってやるよ!貧乏人は物の価値がわかんなくて嫌だねえ!わかったか!!」
 サフィエルは思いっきり言ってやった。
「もう許さないわ!覚悟しなさい!!」
 ランファの鉄拳が炸裂しようとするのを、フォルテたちで止めるのには一苦労した。
「けっ、論理がわかんなけりゃ暴力かよ!これだから貧乏人は・・・。」
 サフィエルは言いつづける。
「ちょ、ちょっと。二人とも待ってくれ。」
 タクトが間に入る。
「むきーーー!」
 ランファがなお暴れようとする。そういうわけで、ランファは全員で引っ張って退場。
「兄さん、今のは言いすぎですよ〜。」
 ルビナスですら慌てている。そして、ランファの姿が消えると
「ま、気持ちもわかりますけどね。あんな怪しいものじゃ渡された方が迷惑かもしれませんし・・・。」
 ルビナスに同意する。
「ランファは以前にもああいった不良品の薬で失敗したはずなんだけどねえ・・・。」
 フォルテが呆れたように言う。
「それにちとせに恋愛感情があるとも限らないしな・・・。」
 エメードが冷たく言う。
「ま、そこは本人次第ですね・・・。」
 クーラも相槌を打つ。
「んじゃあ、気を取り直してアタシのプレゼントだよ!」
 フォルテが言った。
「アタシはこの時計だ。」
 フォルテのは、いかにも古めかしい時計だった。
「・・・、シュトーレン大尉。これは、本気でしょうか?」
 クーラが口を挟んだ。
「え、本気に決まってんじゃないか。何言ってんだ、准将様。」
 フォルテは、敬意を払わない呼び方をした。
「シュトーレン大尉。人の誕生日というのは、決してガラクタ処分をするためにあるものではないのですよ。」
「何だと!これのどこがガラクタだ!」
 フォルテは時計を指差した。
「それは、見ればサルでもガラクタだとわかりますよ。そのオンボロは・・・。
 スクラップされぞこないにすら見えますし・・・。」
 この言葉をきっかけにフォルテがクーラに襟首をつかみかかったのは当然だった。
「何か、今日は揉め事が多いなあ・・・。」
 タクトが呆然とした表情をしている。
「いっその事、プレゼントをみんなに披露するのはやめて、休憩室とかで個々人が渡す形式にしたらいいんじゃないか?」
 ジルコが提案を出す。
「う〜ん…まあそうするか。」
 タクトが渋々承諾した。
「ふん、これでやっと部屋に戻れる。」
 エメードがせいせいしたような顔をする。
「まあ、俺もだ。あまりこういう雰囲気は好きじゃないんでな。」
 ジルコ、ガーネルの二人も早々と引き上げていった。
「全く、勝手な人たちですわね。」
 ミントが笑った表情のまま言った。かすかにミントの声色に怒りがにじんでいる。
「どいつもこいつもシケタもんばっかり送りやがって!これじゃちとせちゃんがかわいそうだ。」
 サフィエルの怒りの声が響く。
「この人もわかっていらっしゃらないようですわねえ・・・。」
 しかし、ミントの嘆きの声は、サフィエルの耳には届いていなかった。
 
 そして、休憩室にて。
ここにいるのは、ちとせ、ミルフィー、サフィエル、ルビナス、そしてまだプレゼントを渡していないタクト、ミント、ヴァニラ、クーラの4人だった。
「じゃあ、次は誰かなあ・・・。」
 タクトが言った。
「それでは私から参りましょう。」
 ミントが笑顔で答える。
「私は、駄菓子セットですわ。それも、ちとせさん用に。」
 ミントが、綺麗な和菓子の形をした駄菓子を出す。
「うわあ、すごーい。」
 ミルフィーが感動する。
「ありがとうございます、食べてみてよろしいでしょうか?」
「ええ、かまいませんわよ。」
 ちとせが口に運ぶと・・・。
「・・・・、す、すごく甘いです。・・・み、水。」
「ちとせちゃん、はいよ。」
 サフィエルはどこからかお茶を取り出してちとせに渡す。
「・・・・ゴクゴクゴク。・・・フーッ。」
 ちとせはやっと落ち着いた。
「あら、甘すぎましたか?」
 ミントが尋ねてくる。
「これって、人口甘味料のかたまりみたいなもんじゃないんですか?」
 クーラが尋ねてくる。
「ええ、お砂糖の250倍の甘さを持つ宇宙サッカリンが少々入っておりますのよ。」
 ミントは微笑みながら答える。
「それはたいそう甘いんでしょうね・・・。」
 クーラが明らかに苦笑する。
「ミント、お前ももうちょっとまともなもんを・・・。」
 サフィエルがミントに怒りの表情を向ける。
「まあまあ、兄さん。押さえて押さえて。」
 ルビナスが珍しくフォローに入る。
「仕方がございませんわね・・・。それなら、こちらの甘さ控えめのを・・・。」
「では・・・。・・・、ちょっと甘いですがこれなら・・・。」
 ちとせがまた試食すると、今度はちょうどいいようだった。とはいっても、何とか食べられるレベルの甘さであるが・・・。
「では、マイヤーズ司令からは?」
 ルビナスが気を取り直すようにいった。
「俺か?俺からは新しい胴着だ。」
 タクトは、大きな箱のフタを開けた。
「マイヤーズ司令、ありがとうございます。」
 ちとせが礼を言う。
「フッフッフッフ、ちとせ。俺がただの胴着を贈ると思うか?」
「え?」
「なんと、中が軽量の防弾仕様になっているんだ!しかも、ちとせに似合いそうなデザインにしてあるんだ。」
「胴着で格闘大会する訳でもないんですし・・・。」
 ルビナスが突っ込みを入れる。
「でも、今日のプレゼントで数少ないまともな品だ。さすがは総司令の役職にある人だ。」
 サフィエルが喜ぶ。まあ、あっても邪魔になる機能はない。
「マイヤーズ司令、私はこれを大切にします。」
 ちとせが本当に嬉しそうに礼を言う。
「じゃあ、次は・・・。」
「ヴァニラさん、お先にどうぞ。」
「・・・はい。」
 という訳でヴァニラの番だ。
「・・・私からはこれを・・・。マイナスイオン枕です。」
 といって、ヴァニラはちとせに枕を渡す。黒い枕だった。
「あ、ありがとうございます。」
 ちとせはちょっと戸惑っている。
「あの、ヴァニラさん、色は黒だけですか?」
 クーラがこっそりと尋ねる。
「・・・はい、これだけですが・・・。」
 ヴァニラはさも当然のように答える。
「お前なあ、こういうのは何個か買って、そのうち好きな色を選ばせるくらいのことをかんがえつかんのか。全く、物知らずが・・・。」
 サフィエルがまたしても文句を言う。
(やっば、フォローが遅れた。)
 ルビナスはあせった。
「でも、発想自体はいいものだったじゃないですか。ねえ、マイヤーズ司令。」
 クーラがヴァニラのフォローをする。
「そうだぞ、サフィエル。ヴァニラの心遣いに免じて許してやれよ。」
 タクトが言った後、ミントが耳打ちする。
「タクトさん、いけませんわ。それではヴァニラさんが間違ったことをしたみたいではございませんか?」
「申し訳ありませんでした。」
 ヴァニラが謝った。
「いや、ヴァニラが謝ることはないんだよ。」
 タクトが慌ててフォローする。
「まあいいや、ヴァニラが違う色のをまた注文すればいいだけの話だ。」
 サフィエルが偉そうにいう。
「サ、サフィエルさん・・・。」
 ちとせもうろたえているようだ。
「じゃあ、最後に私が・・・。」
 クーラの出番だった。話を切り替えるように言う。
「私は、キューピットの矢の形をした髪飾りとブローチを・・・。全部あげます。」
 髪飾りもブローチも10色くらいあった。特にブローチは宝石製だ。
「え、全部もらってもいいんですか?」
「どうぞどうぞ。」
 ちとせはうっとりしながら受け取る。
「む、さすがは准将。豪華なプレゼントだなあ・・・。」
 サフィエルも思わず感心した。
「綺麗・・・。准将、ボクの時も下さいよ。」
 ルビナスも見とれているようだ。
「え・・・。まあよろしいですが・・・。」
 周囲同様、クーラも今の発言にはあっけをとられた。
「いや〜、クーラ。すごいプレゼントだなあ。」
 タクトも感心せざるを得なかった。
「たいした事ないですよ、髪飾りが100万ギャラクシー、ブローチが200万ギャラクシーですもの。
 かなり精巧に作られたとはいえ、イミテーションなんですよ。」
「勝った!」
「ああ、あなたの方が高価なものを渡したんですか・・・。良かったですね、勝てて。」
 クーラはやや悔しそうに言った。
「兄さん、おめでとう。」
「サンキュ、ルビナス。だが、ちとせちゃんへのプレゼントはまだあるんだ。」
 サフィエルは意気込んでいる。
「え、あの弓だけじゃないんですか?」
 ルビナスが呆れている。
「そりゃもう、俺がちとせちゃんに対してあれだけってことはないだろう!今度のは誰のよりも喜んでもらえるプレゼントだぜ!」
 サフィエルは大笑いする。
「というわけで、ちとせちゃん。このトランクの中身が君へのプレゼントだ。」
「え、どれどれ・・・。・・・!?」
 なんと、トランクの中にはいっぱいの金塊が入っていた。
「2億ギャラクシーになるんだぜ!」
 サフィエルは得意げに語るが、他のみんなは開いた口がふさがらなかった。
「確かに、誰もが喜ぶものですね・・・。」
 クーラが一番早く、驚きから回復した。
「でも、誕生日プレゼントで渡すものでしょうか?」
 次に早く回復したミントは完全に呆れている。
「何言ってんだよ、後で自分で好きなものをたくさん買えるんだぜ。それに、金が嫌いってやつはこの世にいないだろう。」
 サフィエルが言った。
「確かにそれはそうですが・・・。」
 ミントが反論しようとする。
「すごいなあ、兄さん。僕には思いもつかなかったよ。」
 しかし、ルビナスの声はミントが反論しようとする気を削ぐものだった。
「よく考えてみると斬新な発想ですね。効率的にも最高ですし・・・。」
 クーラが感心していた。苦笑しながら・・・。
「でも、金を渡すのって、手抜きじゃないかなあ?」
 タクトが反論した。
「手抜きって言いますと?」
 サフィエルがじろっとタクトをにらむ。
「結局、その人が何を欲しいかという事を考えないで渡しているんじゃないかなって。」
 タクトはやさしく語る。
「その結果が、毒物やガラクタは困るでしょう。」
 暗にランファ、フォルテ、そしてミントのプレゼントを否定した。
「まあ、欲しくもない物を送られてもありがた迷惑かもしれませんね・・・。」
 ルビナスがあいのてを入れる。
「それに、マイヤーズ司令。少しお金に禁忌感を持ちすぎじゃないですか?結局、この世は金。金がものを言う世の中なんですよ。ハッハッハッハ。」
 サフィエルはまたしても笑いながら言った。
「それは間違ってはいませんわね・・・。」
 ミントがやや愁いを帯びた表情になった。
「さすが、兄さん。頭いいなあ・・・。」
 ルビナスが改めて感心する。
「でも、それじゃ何も・・・。」
「タクトさん、こんな人は放っておきましょう。」
 ミントがタクトを制止した。
 ちとせの誕生日はこんな感じで過ぎていった。
 
 そして数日後、ちとせが戦闘訓練のためにシュミレーションルームに来ていた。
それは気を落ち着かせるためだった。数日前の誕生日パーティーの中で生じたわだかまりがあるためだ。
 ちとせが戦闘シュミレーション機に載っていると・・・。
「よお、ちとせ。早いな。あたしと一回やってみないかい?」
 フォルテが声をかけてきた。
「はい、フォルテ先輩。私、がんばります。」
 ちとせが返事する。
「よし、いい返事だ。やってやろうじゃないの。」
 フォルテとの戦いが開始される。
・・・そして・・・・
「さすが、フォルテ先輩。」
「お前さんもなかなかだったよ。」
 結果はフォルテの勝利だった。とはいえ肉薄した戦闘であるが。
「フォルテ先輩、この間の誕生日はひどかったですね・・・。」
 ちとせが遠慮がちに話し掛ける。
「まあな・・・。でも、ちとせのせいじゃないから気にするなよ。」
 フォルテがなぐさめるように言う。
「ですね・・・。あ、それでは失礼いたします。お疲れ様でした。」
 ちとせは何かを思い出したようだ。
「ああ、お疲れさん。」
 フォルテはそう言って、ちとせを見送っていった。
 ちとせを見送ったあと、フォルテは一人物憂げな表情になった。
(やっぱり、ちとせはまだまだ柔軟性に欠けるなあ・・・。)
 フォルテは先ほどの戦いを見てそうとった。というのも、ちとせはまだまだ攻撃がワンパターンだからだ。しかも、堅実すぎる。
(まあ、パターンは読みにくくなってきたし、紋章機自身の威力はたいしたものだから雑魚は蹴散らせるんだろうけど、敵のボスには勝てないかもしれんなあ・・・。)
 と、フォルテが悩んでいたところに。
「フォルテさん。」
「フォルテさん、こんにちは。」
「フォルテさん、どうしたんですか?」
 ミルフィー、ランファ、ルビナスの三人がやってくる。
「よう。これから訓練かい。」
「はい。」
 ランファがこたえる。
「じゃあ、あたしももう少しやっていこうかな?まずはウォーミングアップにルビナスとやるか・・・。」
 フォルテはチラッとルビナスの方を見た。
「何かやな言われ方〜。」
 ルビナスがむくれる。
 そうして、シュミレーションルームはさらに騒がしくなっていく。
 そして・・・
「ふ〜、そろそろ終わりにしないか?」
「あ、私もそろそろおやつを作りたいので・・・。」
 ミルフィーも同意する。
「ふい〜、やっと解放される。」
 ルビナスはほっとしたような表情を浮かべる。
「ん、アタシはもうちょっとやっていきたいかなあ・・・。」
 ランファが言った。
「そうか、じゃあルビナス。あんたが相手してやりな。」
「え、僕がですか?まあいいですけど・・・。」
 そして、フォルテはミルフィーの方に顔を向ける。耳元で
{なあ、ミルフィー。ちょっと相談があるけどいいかい?できれば、あとミントもいるといいんだけど・・・。}
 ミルフィーは驚きながらも
「はい。」
 と答えた。
 かたわらではルビナスがランファを相手に苦戦していた。
 
 そして、フォルテの部屋にて。いるのは、ミルフィー、ミント、フォルテの3人だ。
「集まってくれてありがとう。実はちとせのことで相談があるんだ。」
「ちとせさんのことですの?」
「ああ。」
「ちとせがどうかしたんですか?」
 ミルフィーの問いに
「うん、ちとせってまだまだ柔軟性に欠けるところがあってさ、どうやったらいいかなあって・・・。」
 フォルテが思い悩みながら答える。
「それはなかなか難しい問題ですわね。」
 ミントが耳を下げる。
「うん、ちとせって真面目すぎるもんね。・・・、いい方法が思いつきました。」
 ミルフィーが何かを思いついたようだ。
「一体何だい、ミルフィー。」
 フォルテが驚いたような顔をする。
「私に任せてください。」
 ミルフィーは花のような笑顔を浮かべる。
 
「ミルフィー先輩、お菓子作りを教えてもらえるんですね。」
 ところかわってミルフィーの部屋。
 ここには、ちとせ、ミルフィー、ランファ、おまけのルビナス、がいた。
「うん。2人ともよろしくね。」
 ミルフィーが言うと
「OK。まかせといてよ。」
「ミルフィーさんのためなら。」
 ランファ、ルビナスが答える。
 そうして、お菓子作りが始まった。
 今日は和菓子を作る。
 小豆に砂糖を加えたものを煮て、こして、そうしたものに色をつけてきれいなお菓子を作る。概要はこんなもんだ。
「うん、ちとせ。その調子だよ。」
 ミルフィーがほめる。
(でも、問題はここからだよ。)
 ミルフィーが心の中で呼びかける。
「ミルフィー先輩、この配色がうまくいきません。」
 ちとせが悩んでいる。
「着色料の調合比率とかが書いてないんですよ。」
「え、そんなの書いてないよ。」
 ミルフィーがさも当然のように答える。
「そんな、模様とかを作れないじゃないですか。」
 ちとせがうろたえる。
「え、そんなの目分量じゃないんですか?」
 ルビナスもうろたえる。
「まあ、それはカンよね・・・。」
 ランファも苦笑する。
「でも、それではきちんとしたものができないんじゃありませんか?」
 ちとせが反論する。
「・・・うん、ちとせならそういうと思ったよ。」
 ミルフィーが微笑む。
「「え?」」
 ランファとルビナスが同時に驚いた顔をする。
「私、ちとせって物事を考えすぎると思うんだよ。」
 ミルフィーが表情を崩さずにいう。
「そうですか?」
 ちとせはいぶかしげな顔をする。
「確かに、分量とかを計算しておおよそは書いておいたほうがいいかもしれない。そうした方が正確さでは上だと思う。
 それに、そのことが必要な部分は多いと思う。科学の実験なんかは特にそうだよね。」
 ミルフィーは優しく語りかける。続けて
「でもね、あまり人のをなぞっていくばかりだと結局本当に楽しいことができないと思うよ。
 やっぱりデザインとかは自分で作っていった方がいいと思うもん。それに、作品に自分らしさが出ないし。」
「それは・・・。でも、やはりお手本みたいなものはあった方が・・・。やはり何もなしでは・・・。」
 ちとせが反論する。
「ううん、それじゃだめなんだよ。お菓子ってその日によって状態が違うんだよ。大体の指針は示せるけど細かい部分までは数値化できないと思う。
 あまり数値に頼っちゃうとお手本から抜け出せなくなるよ。お菓子も生き物のように扱わないと。」
 ミルフィーはあくまで優しく語りかける。
「生き物のようにですか?」
 ちとせがたずねる。
「うん、ちとせだって動物の世話するときに、その日の状態に合わせて餌をやったりとかするでしょ?いつも同じとかじゃなくて。」
 ミルフィーが優しく答える。
「ええ・・・。」
 ちとせが答える。
「お菓子作りだけじゃないよ。ものごとはそういう風な柔軟さも大事なんだよ。」
 ミルフィーが優しく、しかし強調していった。
「!」
「どうしたの、ちとせ。」
 ランファがなにやら心配になったのか声をかける。
「・・・あ、すみません。柔軟さですか・・・。前にもフォルテさんにも似たようなことを言われたのですが、よくわからなかったもので・・・。」
 ちとせが言った。
「まあ、あの人自身がよくわからない人ですから。オカマ説まであるし・・・。」
 ルビナスが失礼極まりないかもしれないことを言う。
「でも、ちとせさんに柔軟さが足りないというのはよくわかるなあ・・・。掃除のフリーパスを使ったら怒るんだもん。」
 ルビナスがちとせをにらみながら言う。
 ちなみに、エルシオールでは週に一度掃除がある。この掃除に遅刻したり参加しないと、罰金がある。(1分ごとに100ギャラクシー、欠席で8000ギャラクシー)
ちなみに、今度できたフリーパス制とは最初の月に所定の金額(半年分で30000ギャラクシー、1年分で50000ギャラクシー)
を支払えば休んでも良いという新しい規則が幹部(タクト、クーラ、ジルコ、トパーとエンジェル隊&コスモ・エッジ隊)で決まったのだ。
 ちなみに賛成者は、タクト、トパー、クーラ、ジルコ、トパー、コスモ・エッジ隊全員、
それにランファ、ミント、フォルテの10人で、反対者はそれ以外の5人だった。
「アタシも、クーラさんからの頼みでは断れなかったのよ。」
50000ギャラクシーを払ってもらったのだ。もちかけたのがクーラ本人だら仕方が無いとランファが言い訳をする。まあ、そのとおりだが・・・。
「でも、あれじゃさぼる人が得するルールだと思うな。料金はトパーさんが勝手に決めちゃうし・・・。」
 ミルフィーが批判する。
「幹部だけに適用できるというのもずるいですね。」
 ちとせが突っ込みを入れる。
「まあ、思ったよりはフリーパスの金額が高いですよ。50000ギャラクシーはなかなか給料からは払いにくいし・・・。おかげでぼくも金欠です。」
 ルビナスが自慢げに言う。
「あまりそういうことするのは良くないと思いますよ。」
 ちとせがたしなめる。
「そうですか?だって、代価を払いたくない人だけが掃除すればいいっていい制度だと思いますよ。」
 ルビナスは反論した。
「あ、ミルフィーさん。サフィエル兄さんから金を借りてきますから、あとでミルフィーさんのフリーパス権を購入しておきますね。」
「え、そんなのしなくていいです〜〜。」
 ミルフィーの声が部屋いっぱいに響く。



後編に続く
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