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第二章 Let's go to school!




「ここがリディス士官学校………ね」
静かな朝、青い髪の少女がぼそりと校舎の前でつぶやく。
リディス士官学校。その校舎前は普段ならたくさんの人が行き交うが今の時間はほとんどいない。
「まさか、私なんかが戦闘機のパイロットになるなんてねぇ……」
青い髪の少女、名雪しぐれはまたもぼそっとつぶやいた。
事の発端は一週間前、しぐれが謎の戦闘機を動かし、そして海賊と交戦したことにある(実際に戦ってないが)。
しぐれは昨日、白き月に連れて行かれたことを思い出していた。


「あたしが、パイロットに!?」
「そう。あなたがパイロット」
しぐれは白き月に来るなり、いきなりパイロットになれと言われた。
「どうしてですか?たしかに、あの機体を動かしちゃったけど、だからって…」
「あの機体はロストテクノロジーを搭載していて、特殊なシステムで動いているんです。ロステク科の生徒なら分かるでしょう?」
金髪の女性はにこやかに言う。女性の名はクレータといったか。
「H.A.L.O.…ですか」
「ええ。あなたはかなり高いリンク値を叩き出したわ。それもはじめて乗ったんでしょう?」
そう言うと、先ほど行った、身体検査のカルテを見る。
「あなたを含めた今までの結果から、H.A.L.O.を使える者は特に定まった人種、種族ではないですね。
身体的特徴も、殆どが女性であるということを除けば他はありませんし。H.A.L.O.を使えるということ自体が一種の能力のようですね…」
研究者の瞳でクレータが言う。
しぐれは自分の乗った戦闘機を指差した。
「あれ…紋章機じゃないんですか?」
「今はまだ違います。調べようにも、データが無かったし、白き月のデータバンクはシャトヤーン様が管理しておられるもの。
シャトヤーン様も昨日、皇国議会にご出席なさるためにエンジェル隊と共に白き月を出てしまいましたし…」
「そうなんですか…シャトヤーン様に会えると思ったのにナー…」
「そうなのよ…紋章機が見れると思ったのにナー…」
通りすがりの赤い髪の女性がしぐれに釣られて言う。二人ともため息をついて肩を落とした。
「で、あなたにテストパイロットになってもらいたいんですけど、どうです?」
「う〜ん…戦争とかはないんですよね?」
「平和なうちはね。もっとも、各地の小競り合いとかには行くかもしれないけど。現にエンジェル隊がそんな感じですし」
「そうですか…」
しぐれはう〜と唸って考えている。元々争い事は好きではない。
「あなた、たしか…月の巫女になりたいんですよね?」
クレータはしぐれに尋ねた。
「そうですよ。ロストテクノロジーを銀河中の人々に使えるようにするのが私の夢です。
だから、月の聖母シャトヤーン様は私にとって憧れの存在なんです!」
しぐれは胸を張って答えた。小さい頃からしぐれはシャトヤーンのことを聞かされていた。600年も前に白き月とともに現れ、
トランスバールを、銀河を救った女神のような存在。もちろん、今の聖母は昔の聖母と同一人物ではない。それでもその存在は偉大だ。
そんな彼女に少しでも近づきたい。憧れの人のいる職場に就きたい。
しぐれがロストテクノロジー科に入ったのはそうゆう理由があった。
「パイロットになれば月の巫女になれますよ」
彼女の言葉にしぐれは少し沈黙。そして、
「ほ、ほほほほ、本当!!!?」
「た、たぶん。ロストテクノロジーの被験体でロステク科だった人はみんな月の巫女になってますし」
しぐれは目をきらめかせた。
「それに、エンジェル隊だって、軍人だけど、月の巫女でしょ?」
それを聞いて心を決めた。
「私やります!テストパイロットになって月の巫女に!」
ぐっと握りこぶしをつくる。
「それじゃ、あの機体のコードネーム…名前を考えて下さいね。あと、パイロットとしての教育を受けてもらいますけど、
あなた今、学生だから、士官学校に編入ですね。ロステクの勉強もできるし」
「はぁ、そうですか」
なんだかかなり強引に話が進んでいる気がする。
「それから機体色は何色がいいですか?」
「えっと…じゃあ、藍色で」
「藍色ね…よし。じゃ、編入届はこっちで出しときますから、あなたは明日ここに行ってくださいね。はい、シャトルのチケット」
渡されたチケットには惑星リディス行きと書かれていた。


で、現在にいたる。
ダンッ!ダダンッ!!
そんなことを思い出していたら、遠くからなにやらすごい音がした。まるで旧式の銃声のような――
ダンッ!ダダダンッ!!ダダンッ!
………銃声のようだ。
そう分かったとき、しぐれから十メートルほど離れたところに大きなバッグを抱えた覆面の男が現れた。
見るからに銀行強盗か何かである。
かと思うと、いきなりしぐれを捕まえ、銃を突きつけた。
「ふぇ!?ふぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?」
「おとなしくしろ!命が欲しけりゃな!!」
覆面男は激しい口調でしぐれに叫ぶ。
そこへもう一人、金髪の少年が現れた。
「!!…人質をとられたか…!」
金髪の少年は捕まったしぐれを見てつぶやいた。
少年の背は高め。体格もよく運動が得意そうなイメージ。
この学校の制服と思われる服を、ピシッと着こなしていた。
が、一番の特徴的なのは制服と不釣合いな、腰に下げた刀だった。
「チッ…もう来やがったか!!」
ダンッ!ダンッ!
覆面男が金髪の少年に発砲する。が、少年は難なくかわす。
そして、腰に下げていた刀を鞘ごと抜き、瞬きの瞬間を狙って一気に距離を詰める。
「!?」
こうすることで、視覚から伝わる情報ではいきなり近づかれたように見える。
しぐれに関しては、瞬きはしていなかったが、動体視力が低いので動きを捕らえられなかったが。
男の前に出た少年は、手に持っていた銃を弾いた。高く空へ飛ぶ。
そして、流れるように敵を斬る。と言っても、鞘にしまわれたままの刀だが。
「ぐぅっ!?」
覆面の男は大きく吹き飛び、地面にぶつけられ、そのまま気絶した。
全てが終ったかに見えた。
「大丈夫か?」
少年がそう言った瞬間、
「ぶぇぅぅう!?」
高く舞い上がった銃は見事にしぐれに当たった。
しぐれは悲鳴をあげて昏倒し、そのまま崩れ落ちる。
「……大丈夫そうに無いな…」
いろいろとツッコミたいことはあったが、気絶している相手に言っても仕方ない。
そうしているうちに、警察がやってくる。
「どうも〜」と、やけに親しげに挨拶してくるのは、今日のような事件が少なくないからだ。
どうもこの学校には事件が絶えないのである。
(強盗は警察に任せるとして、こっちは保健室に連れて行かないとな…)
そう思ったが、少年はしばらくしぐれの寝顔に魅入っていた。


「う…ん…」
しぐれは目を覚ました。頭が痛い。
ここは何処だろう?
寝たまま辺りを見回す。
「保健…室?」
白い部屋。花瓶。カーテン。消毒液の匂い。どうやらこの学校の保健室らしい。
「私どうしてここに…」
朝、この学校にきて、それで、覆面の男に捕まり、金髪の少年が出てきて、それで――

もぞもぞ。

そう思ったとき、このベットにもう一人、誰かが寝ていることに気づいた。
(だ、誰!?もしかして……さっきの人!?)
毛布をかぶっているためしぐれからは見えない。
確かめるために、毛布をよせた。そこには――
黒髪の女性が制服のまま穏やかな寝息をたてて熟睡していた。
「…………ふぇ?」
しぐれは安心してほっと肩をおろす。が、すぐにそれが安心できることではないことに気が付いた。
(ななな、何で、私が寝てるベットに他の人がいるの!!!?)
しぐれが慌てていると、女性がむくっと起き上がる。
「……………」
しばらくボーっと前を向いていたが、やっとしぐれの存在に気が付いた。
「……お腹減った……」
「……ふえぇ?」
彼女の第一声にものすごい脱力を感んじたしぐれは、間抜けな声を出した。
「……?……あなた、誰…?」
「それはこっちが聞きたいんだけど…」
そう答えたが、彼女はまだボーっとしている。
「えっと、私は名雪しぐれ。今日編入される生徒なの」
「…じゃあ、何でここにいるの?」
長い沈黙。
「ふぇぇぇ!そうよ!あの時、捕まって、何か当たって…!!」
しぐれはそう言って額を押さえた。そこへ女性が絆創膏を持ってきてくれた。しぐれの額にぺタっとはる。
「ありがとう。あなたの名前は?」
「スフレ・ランディール……あなたと同じクラスね……」
スフレはしぐれの制服についてるクラス章を見て無表情に言った。
身長はしぐれより少し低いだろうか。とろんと眠たそうな黒い瞳、同じく黒の髪。ふらふらとした立ち振る舞いは、見るものを脱力させる。
「そうなんだ…じゃあ、お友達ね」
「友達…♪」
二人は友としてお互いに認め合った。が、
ぐぅ〜〜〜〜
 スフレの腹の虫の音。
「……お腹減った……」
「え、えっと、ご飯。買いに行きましょ」
「おごって」
「ふぇ!?」
「手持ちが無いのよ」
「ふ、ふぇぇ!?」
しぐれは思った。
(友達にする人を間違えたかしら…)


しぐれとスフレは食堂に行くことにした。途中、職員室に寄り、挨拶をして、現在スフレの言う近道を通っている。
改めてスフレを見ると、やはりやる気のなさそうな表情だった。
顔は整っているし、床までつきそうな漆黒の長い髪は光を浴びて綺麗に反射している。
普通にしていたら、かなりの美人に含まれると思うのだが。
彼女の姿は浮世離れしていた。地上15センチをふわふわと浮いているような、そんな感じ。
(まだ朝早いけど、本当に人いないのね…)
スフレの案内した近道は、地下にある戦闘訓練室の最短ルートによる校舎の横断だった。
いくつもある棟をいちいち曲がったり上ったりするのは面倒なので、一直線に反対側へ行けるこの道を良く使うのだと言う。
ただし、授業以外は基本的に教師しか入れないようになってる。しぐれはそのことを知らないが。
戦闘訓練室というのは学校の地下にある広い空間で、各棟から入れるようになっている。林や湖、荒れた山道のようなところもあり、
そこで組織だった作戦訓練や、特殊な環境下での戦闘訓練ができるようになっている。ちなみに無重力下での訓練は別室で行える。
スフレは自分の小型端末を開くとロックのかかった扉を難なく開き、中へと進んだ。
そこまではよかったのだが――
「ひゃっ!!」
しぐれが転んでしまった。何もないところで転んでしまうほどしぐれはドジである。
「…大丈夫?」
「え、えぇ…いつものことだから…」
そう言って、壁に手をつき、寄りかかりながら立ち上がったのだが――
赤く点滅しているランプ。そして、しぐれの手もとには制御パネル。
ジリリと響き渡る大きな音。
「ふぇぇえ!!!?」
「………」
訓練室にアナウンスが鳴り響く。
「――これより、戦闘用ロボットによる戦闘訓練を開始します。戦闘レベル、A。戦闘時間、無制限――」
「………ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!?」
「……………」
アナウンスが修了すると地面から人型、鳥型、獣型といろいろなロボットが出現する。
「――戦闘開始まで30秒…25…」
「わ、わわ!!ど、どうしよう!?」
慌てふためくしぐれ。しかし、スフレは無表情に端末から誰かに呼びかけた。
「…――、聞こえる…?……―――今すぐ…――そう…分かったわ―――…」
慌てるしぐれにはスフレが何を言ってるのかよく聞き取れなかった。
「…どうするの?」
「…助けを呼んだの…そのうち来るわ…」
「そ、そのうちって!!あなたはこれ止めれないの?」
「教師の指紋が無いと無理ね……全滅させるしかないわ…」
全滅。しかし、こちらには武器どころか生身の戦闘経験も無い。スフレは一応、授業で戦うことはあるが、
最低ランクのFでさえクリアするのは難しい。高ランクであるAは並みの人間ではまず無理だ。
しかも相手は武器を持ってるので、かすり傷どころではすまない。
そして時間が迫る。
「――6…5…4…3…」
「こっち…」
スフレはしぐれの手をひいて林の中に隠れた。
「――0。戦闘開始――」
ロボット達がいっせいに動き出す。その動きは俊敏だ。
フレとしぐれはどこから出したか、迷彩柄のシートを被って息を潜めていた。
「…ねぇ、これって一体な――」
これって一体なに?と聞こうとした瞬間。
ガサガサ!!
ロボットがこっちを狙ってきた。
「あ………」
「ふえぇぇ!!!」
しぐれが声をあげた瞬間他の敵も集まってくる。
しぐれとスフレは脱兎のごとく駆け出した。後からビームやらレーザーやらが飛んでくる。
「……走るのは苦手なのに…疲れるから…」
瞳に涙をためつつふたりは走る。
「ふえぇぇぇ!!なんで〜〜〜?」
「あなたが声をだしたから…あれは、周りに溶け込んで体温を感知されないためのステルスシート…」
「そ、そんなぁ〜」
「物音を立てても見つかるのよ…」
飛び交う攻撃を何とかかわすが、反対側の壁まで来てしまった。
横に逃げようとしたが、既に左右から、ロボットが集まってきている。
「い、いやぁぁぁ〜!!!!」
「……………」
スフレとしぐれは囲まれてしまった。じわりじわりと近づいてくる。
ふたりともブルブルと震えていたが、スフレが何かに気が付いた。
「…来たわ」
「ふぇ?」
一筋の風が通り抜けた。思わずきゅっと目をつぶる。そして、開けたときには―――
ロボットは全滅していた。
「!!?」
「…さすがね…」
しぐれは驚きスフレはふっと笑う。
そして林の中から人影が近づいてきた。
が、それは今までと同じ人型のロボットだった。
「ふえぇぇぇ!!」
レーザーがしぐれめがけて放たれる。
その瞬間、
目の前に黒い影が現れて、きらりと光るものでレーザーを弾いた。
「…怪我は無いか」
そこにいたのは金髪の少年だった。
少年はしぐれの無事を確認すると先ほどの光るもの――刀で斬りかかった。
一瞬のうちに一太刀を浴びいせるとその刀を鞘に収めた。それと同時にロボットが爆散する。
「来るのが遅いわ…」
スフレがまるで反省の色無く言う。
「お前な…ちゃんと彼女を見とけって言ったろ!大体なんでここにいるんだ!!なんで訓練用のロボットが出現したんだ!!!
 来るときに扉壊してしまったし!!!!危うく死ぬかもしれなかったんだぞ!!!!!」
少年から次々にでる言葉にどんどん表情を暗くしていく。最後には泣き顔になってしまった。
「ちょっと…あなた、そんなに怒らなくても…って、あなたは!!!」
しぐれははっと思い出す。彼こそが、自分に鞘を当てた人物ではないか。
「今ごろ気づいたのか…」
「もうちょっと、優しく助けられないの?おでこが痛いわよ」
「あれは俺のせいじゃないぞ」
しぐれの運が悪かっただけである。そうゆう設定なのである。
ぐぅ〜〜〜〜
スフレの腹の虫の音。
「………」
二人はスフレを見た。
「……お腹減った……」
脱力。ひたすら脱力。もはや、この部屋の無断進入の事もロボットに襲われた事もしぐれのおでこの痛みも吹き飛んだ。
少年は一つ溜息をつき、
「朝食、食べるんだろ?」
「…そうね。そうしましょうか」
そして三人は部屋を後にした。いや、しようとした。しかし――
「ふえぇっ!!」
ドテン!
またしぐれが転ぶ。
「うう…私ってついてないのよね…」
そう言って壁に寄りかかる。が、
「……………………」
やはり赤く点滅しているランプ。そしてやはり、しぐれの手もとには制御パネル。
「…こういうわけなのよ…」
「こういうわけなのか」
少年はまたも溜息をつきながら出てきたロボットの群れを一掃していった。


昼、お腹をすかせたしぐれとスフレが廊下を歩いていた。
朝の件が教師にバレてしまい、怒られた挙句、朝食を食べ損ねてしまった。
その後は学校を案内されたり、寮に荷物の確認をしにいったりで、授業はしなかったが食事をする暇は無かった。
「お腹すいたわね……」
「………」
スフレはもう話す気力すらない。そんなに空腹なのか。
そのとき、どこからかいいにおいが漂ってきた。二人はにおいのする方向へと足を運んでいた。そこには――
調理服姿の先ほどの少年。
「…何やってるんだ、お前等…」
ふらふらと歩いてくる様は、はた目から見たら変な人である。
「えっと、お腹すいちゃって…」
においのする方向へふらふらと歩いてきたのだ。
「あなたは、ここで何してるの?」
ここは調理室である。普段の授業ではあまり使用することの無い場所だ。
「今日は朝早かったから、弁当を作ってる時間が無くてな。許可を取ってここで作っていたんだ」
作っている。ここで作るものといえば一つしかない。二人は目を輝かせた。
そしてにっこりと言う。
「…女の子の顔に傷をつけたんだもの…それなりの代価は払ってもらえるわよねぇ?」
「飯か」
しばしの沈黙。含みのあるしぐれの笑顔が消えない。
「あぁ…えーと…わかった。作ってやるから、少し待ってろ」
しぶしぶと言った感じで返事する。二人は歓喜した。
「――あ、そういえば、まだ名前言ってなかったわね。私は名雪しぐれ。あなたは?」
「俺は、レオン・ビスケット。お前と同じクラスで、同じ班。スフレもそうだ」
慣れた手つきで料理する様はまるで出稼ぎの奥さんのいる主夫のようだ。
「…今なんか変なこと考えなかったか?」
しぐれは首を横に振った。


しぐれの出会った仲間達。
一方は浮世離れした女性。もう一方は地に足ついた少年。全く正反対にも思える。
でも、きっとうまくやっていけるだろう。
差し出された美味しそうな料理を見て、しぐれはそう思った。



続く
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