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第三章 見えない影




(来るっ!?)
名雪しぐれが心の中で叫んで、ぐっと操縦桿を握る手に力を込める。
一瞬、光が走ったかと思うと、衝撃が走った。
「きゃあ!!」
敵機からのビームがしぐれの機体に直撃する。
(また、反応し切れなかった…このままじゃ…)
機体の損傷率を確かめながら、敵の攻撃を避ける。
「名雪、いったん退け!体勢を立て直してから反撃するんだ!」
少年の声がしぐれの耳に届く。しかし、しぐれはそれどころではない。
「でも、それじゃあ…きゃう!!」
またも衝撃がしぐれを襲う。
いつのまにか回り込まれ、完全に囲まれていた。
「名雪!」
少年――レオン・ビスケットが叫ぶ。
「ふえぇ…損傷率…80%を超えてる!?」
赤く点滅する警告ウィンドウ。
雨のように降り注ぐ攻撃を必死に避けるが、四方八方から向かってくるため避けきれない。
ミサイルの群がしぐれの機体に迫っていた。
「名雪、逃げろ!!」
しかし、レオンの声も空しく、ミサイルは直撃する。
「だ、だめ……きゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
しぐれの目の前は、光に包み込まれ――――

でれでれででーん

無駄に暗い電子音が流れた。
目の前には「作戦失敗」の文字。
はぁ、と溜息を付くレオン。となりにはスフレもいた。
「あああああ〜…また失敗しちゃった…」
ガックリと肩を落とす。
名雪しぐれは戦闘機のシミュレータで訓練していたのだ。
もうすぐ白き月での機体の解析が終わり、しぐれが取りにいかなければならず、
そのときにテスト飛行があるため、恥ずかしい真似はできないからだ。
が、撃墜数たったの1。それも難易度は一番低い「超絶簡単モード」というふざけたもの。
紙のように薄い装甲を持つ、亀のように鈍い敵艦しか出てこないのだ。
はっきり言ってしぐれは弱い。
目標に攻撃することすらままならないのだ。
「ロックオンしてトリガー引くだけでも勝てるだろ…」
「そうこうしてるうちにやられちゃうのよ〜…」
涙目になって弁明する。
ここまで頑張ってこの結果では、むしろ清清しい。
しかし、戦いはシビアだ。これでは身を守ることすらままならない。
「お前、このまま宇宙に出てみろ。確実に死ぬぞ」
「そんなに簡単に敵が現れるわけ無いわよ〜…」
「お前の機体を宇宙海賊が狙ってたらどうするんだ」
うううっと、たじろく。本当に頑張ってるらしい。
レオンはもう一度、深く溜息を付く。
「仕方ない…俺が相手してやるか…」
レオンはしぶしぶと言った感じでシミュレータへ向かう。
しかし、しぐれが止めに入った。
「無理よぉ…レオン君に勝つなんて…」
「誰も勝てなんて言ってない」
「でも…」
がっしりと腕を掴み、懇願するしぐれ。レオンはまたも溜息を付いた。
「スフレ、お前が相手をしてやれ。俺は名雪の指導をするから」
「イヤ…」
即答。
「イヤ、じゃない。早くしろ」
「疲れるじゃない…」
「つ・か・れ・な・い!」
「今のあの子とやったってつまらないわ…」
「つまらないとか面白いたかいう問題じゃない!」
いやいやと首を振るスフレを引っ張り、無理やりシミュレータへ押し込む。
まだ嫌そうにしているスフレを見かねて、
「…後でアップルパイ焼いてやるから」
「分かったわ…」
またも即答。げんきんなものだ。
「と、いうわけだ。準備はいいか?名雪」
シミュレータのコクピットが狭いため、しぐれの座席の横にレオンがかがむ。
「う、うん。大丈夫。平気よ」
しぐれの返事を聞いてレオンが頷く。
「よし、始めるぞ」
作戦開始の文字と共に――――

――――スフレは機体を自爆させた。

「……ふぅ。疲れた……」
だるそうにシミュレータから出てくるスフレ。
「疲れた…じゃ、ない!!!!」
完全に怒っているレオンと完全に固まっているしぐれ。
「……一応戦ったわ……」
「どこがだ!?」
「そうよ、せめて降参にしとかなきゃ…」
なんとか我に帰ったしぐれが言う。
「ツッコミどころはそこじゃない!!ああもう、胃に穴があきそうだ!!」
「大丈夫よ。…胃に穴があいても死なないわ」
スフレが笑顔で言う。
「そういう問題じゃない!!!全く…今日はもう、俺の体力が続かないから終わりにするぞ!」
このままでは本当に胃に穴が空いてしまう。
「うん…でも、やっぱり私はもう少し訓練していくわ。やっぱり今のままは嫌だもの」
「ああ、いい心がけだ。というか、さすがにそのままはまずいからな」
そう言うとレオンは、だるそうにしているスフレを引っ張る。
部屋を出る前にスフレが言った。
「…そんなに心配する必要は無いわ。そのうち強くなれるから」
そう言うと、ドアが閉じた。しぐれは小さく息をつく。
「それじゃ、やりましょうか…」
呼吸を整え、しぐれは訓練を開始した。


しぐれの学生ライフは、忙しくはあるものの、充実したものだった。
編入生でしかも美人ということで、注目を浴びていた。
女子に人気のあるレオンと同じ班ということで、殺意のようなものも受けたが、
色恋ごとに疎いのが幸いして、今では普通である。
友達も少なくないし、そう言う面では悩みは無かった。
が、学習面では学ばなければいけないことが多すぎた。
軍の組織の構成、戦闘機の操縦法、一般的な知識etc…
さらに、実技で戦闘訓練、操縦訓練、緊急時の対応などなど。
しぐれは特別な扱いだから、必要最低限のことしか学ばないものの、
それでも大変なのは変わらない。
だから、彼女は努力しないといけない。
ここ数日は戦闘機のシミュレータで寝る事もあったくらいなのだ。


次の日。
「明後日の話だが、俺も、お前とスフレについていくことになった」
レオンが弁当を開けながら言う。中身は定番の卵焼きやから揚げが入っていた。
「ふぇ…?」
しぐれは既にレオンが作った弁当を食べていた。
レオン曰く、「2つ作るのも3つ作るのも大して変わらない」らしいから、
スフレとしぐれの分を作ってもらっていた。
「明後日…って、何かあったっけ?」
きょとんと首をかしげる。
「聞いてないのか?明後日、白き月にお前が見つけたロストテクノロジーを取りに行くんだろうが」
呆れたようにレオンが言う。しぐれが見つけたもの―――
それは、ロストテクノロジー搭載型の大型戦闘機だ。
「取りに行くって、持ってきちゃってもいいの?個人でロステクを保有するのは禁止されてるのよ?」
「あれはお前しか扱えないんだ。それに、現に今ここに、その「紋章機もどき」のパイロットがいるからな」
レオンがすっと指差した先には、スフレがいた。
「ふぇぇ!?スフレちゃんも…そうなの!?」
「知らなかったの……?」
「ぜんぜん知らなかった…」

レオンの話によると、しぐれが転入してくるちょっと前。
輸送中だったコンテナがなぜか校庭に墜落してきて、中身である戦闘機を調べていくうちに、
H.A.L.O.を積んだ機体であることが判明し、丁度ここにいたスフレがパイロットとなったらしい。
スフレは、先日決定した紋章機のパイロット候補の中の一人だった。
というか、本来はスフレが紋章機のパイロット――エンジェル隊になる予定だったのが、
「めんどくさい」とかいう理由で課題を出さなかったり、授業を欠席したりで単位が取れず、
留年し、卒業が遅れに遅れたので、他のパイロット候補のメンバーが今のエンジェル隊に配属された。
まぁつまり、スフレはH.A.L.O.が使えるのである。
ちなみに、近々レオンもロストテクノロジーを搭載した戦闘機のテストパイロットとなる予定らしい。

「だから、私がここに転入させられたんだ…」
だからというのは、ロステクを一まとめにしておいた方が管理しやすいということだ。
「まぁそういうことだな」
「レオン君がここにいるのもそのせい?」
「いや、俺はコイツの護衛だ。ウチはランディール家の分家でな、俺が士官学校に入る際に、
 まだコイツが卒業してなかったから俺が護衛することになったんだ」
「そうなんだ…」
ランディール家は皇国一の貴族である。彼女の命を狙う者も少なくない。
また、言い寄って来る者も多い。もっとも、スフレの方は興味ないようだが。
「というわけだから、明後日に備えておけよ」
弁当を食べ終わったレオンが言う。
「うん。わかったわ」
「…ええ」
しぐれが元気良く言うのに、スフレがやる気なさげに言った。
今日も昼休みは平和であった。


日は変わって、二日後の白き月。
整備班の班長、クレータとその助手らしき人達がハンガーに固定されている戦闘機の周りにいる。
しぐれはその戦闘機の中にいた。
「じゃあ、最後のテストですね。頼みますよ。ティニー、セッティングをお願い」
クレータがバインダーに張ってある紙を見つつ言った。
「あ、ハイ…わかりました。すぐにやりますね」
ティニーと呼ばれたこげ茶色のお下げの少女―――プディニール・ハッテンハイマーは、
備え付けのコンピュータにデータを打つ。打つスピードは速いのだが項目が一つずれてるのに気づいて慌てている。
前にしぐれが白き月に来た時にも見た少女だ。なんとなく自分と同じ…ドジなところがある少女だった。
それにしても。
「戦闘テスト、かぁ…」
しぐれが自分の機体―――ヴェールスノーと名付けた藍色の機体の中でつぶやく。
形式番号、UGAS−002(unknown gift arms sip-002)、ヴェールスノーだ。
動力スイッチをいれ、モニターを表示し、通信回線を開く。もう慣れた動作だ。
隣のハンガーには灰色の機体が固定されている。スフレの機体―――シャドウディスパーだ。
見た感じ、長距離射撃用の武装と、レーダードーレムのような装置がついている。
きっと、索敵か隠密用の機体なのだろう。こっちの形式番号はUGAS−001である。
しぐれの乗るヴェールスノーは防御型の機体である。雪の結晶を模したシールドが二つ。
後は冷凍波砲と中距離ビーム砲、自動追尾型ファランクスが装備だ。
と言っても、普段はこの装備が使用できない。個人で戦闘機を動かすのは危険だからだ。
また、正規の紋章機と間違えられて騒ぎになるのを避けるため、リミッターも兼ねた外部装甲が取り付けられている。
そして、責任者しか知らないプロテクトを解除しない限りこれらは外せず、本来の能力を発揮できないのだ。
「しぐれさん、準備はいいですか?」
不意にクレータの声が聞こえる。
「あ、はい…大丈夫ですよ」
「頼みますよ。それではマニュアルどおり戦闘システムを起動して発進準備に取り掛かってください」
言われたとおりに戦闘システムを起動する。
システムチェック、クリア。クロノブラックホールエンジン、出力安定。エネルギー、確認よし。
武装チェック、OK。機体チェック完了。異常なし。無問題。オールグリーン。
しぐれは操縦桿をきゅっと握りなおす。
「それじゃ、発進どうぞ!」
「了解!ヴェールスノー、発進します!!」
ティニーの掛け声と共に機体を飛ばした。


今はもう人の住んでいない旧市街地の上空へと出た。
もう一方の光が近づいてくる。識別コードからシャドウディスパーだ。
スフレの気体を確認するとレオンが通信に入ってきた。
「さっきのテストも見たが、やっぱりお前達の間にはかなりの技術的差がある。
 ハンデをやろう。しぐれは一発フローズンキャノンを当てればいい。
 ま、あくまでテストだから、勝敗は気にするな。それからスフレ、ちゃんと戦えよ!
 …以上だがいいか?」
「うん。分かったわ」
「…頑張ったらアップルパイ焼いてくれる…?」
「ああ…焼いてやるから真面目にやれ」
「…アップルパイ…♪」
「えっと…いいですか?…それじゃ、テスト開始!」
クレータが合図する。
しぐれは先手必勝とばかりに突撃し攻撃する。
ファランクスを撃ちその隙を狙う単調な攻撃。もちろんスフレには当たらない。
「やっぱり速い…!」
もう一度、今度はビーム砲と合わせて攻撃するが、これも当たらない。
「遅いわね…」
距離をとっていたスフレの機体から光が放たれたかと思うと、次の瞬間機体が大きく揺れる。
「ひゃぁぁぁ!!?」
白き月の重力下のためシミュレータよりも揺れが大きく、機体の制御が難しい。
市街地に突っ込みながらも何とか上昇し再度攻撃にかかる。
「もう少し面白くならないかしら…」
避けながらスフレはつまらなそうにそんなことを言う。そしてまた反撃。
シャドウディスパーのスナイパーレールガンの弾がしぐれを襲う。
「わっ!…あれ?効いてない…」
レールガンの弾はフィールドによって防がれたのだ。
「ずいぶんと強力なフィールドね…」
「これなら、防御を気にしないでいける!よーし…!!」
もう一度接近して自動追尾型ファランクスを撃つ。しかし外れ。
「無駄よ……そのくらいじゃ…っ…?」
外れたと思っていたファランクスが返ってきたのだ。その瞬間をフローズンキャノンが狙う。
しかし、難なくかわされる。それだけスフレの技量は高い。
「ちょっと油断したわね…」
「…もう一度!」
攻撃をしようとする。しかし―――
「………………いない?」
レーダーを確認するもまるで見えない。それどころか機体の他の計測装置も正常に機能していない。
「え、えっ?どうなってるのよぅ〜〜〜〜!?」
慌てふためくしぐれ。白き月に確認を取ろうとするも―――通信圏外。
「そんなぁ!どうして!?」
しぐれの問いの答えは意外と早く出た。
「……それがこの子の力よ。敵機の妨害や隠密が得意なの…」
スフレの声が何処からか聞こえる。
サイレントタイム―――『静寂の時間』だ。敵の通信、外部干渉・計測能力を衰退させる。
「というわけなの…」
と言う言葉を聞いた次の瞬間。前方の空間が歪んだかと思うとシャドウディスパーが現れ、バルカンを撃つ。
「ふぇえっ!!」
フィールドを展開するも何発かは直撃した。といっても大したダメージではないが。
しかし、このままでは負けるのは明白だろう。
(このままじゃいけない…!)
そう思って機首を巡らすが、周りにスフレはいない。
(どこ…?)
そう思った瞬間、機体から警報が鳴る。そしてまた攻撃。
「来た!!」
―――回避成功。今日はじめての回避だ。
「……!」
「避けれた…」
お互いに機体がすれ違う。スフレが反転して攻撃した。
―――回避。またもかわされる。それだけではない。反撃してくる。
「…っ!」
あたりはしなかったが、惜しいところだった。さっきまでは全然当たらなかったのになぜ―――
――――まさか。
クレータがヴェールスノーとしぐれのリンク率を見ている。驚きに包まれた表情。
「すごい…!リンク率が60%以上を保たれてる…!!現エンジェル隊でも常にここまで出せませんよ!」
そのリンク率が攻撃の補正と回避率を上昇を助けているのだ。
「…こんなにはっきりH.A.L.O.の力が現れるなんて…」
普段無表情なスフレですら驚いている。
「ヴェールスノーが戦い方を教えてくれてる…?」
しぐれがつぶやく。敵の動きが分かるのだ。そしてどう攻撃したらいいかも。
「…少しは面白くなったわね…」
またも姿を消す灰色の機体。レーダーは使えない。頼りになるのは感だけだ。
そしてその感は的中する。
「そこ!!」
しぐれの撃った攻撃がシャドウディスパーを捕らえた。
「…!!」
ファランクスが当たり、動きが鈍る。チャンスは今だ。
グリップのトリガーに力をこめる。
(当てる…!)
しぐれはトリガーを引いた。



「おいしいわね…このアップルパイ…」
スフレが言う。手にはアップルパイ。
「レオン君…私のは?」
「スフレに食われた。俺のもな」
「そんなぁ〜…」
「弱肉強食…」
食べながらスフレが言う。
その言葉が示すところは、しぐれが負けたという事実。

―――あの時、しぐれはトリガーを引いた。砲とシャドウディスパーは一直線上。
阻むものは無い。まっすぐフローズンキャノンが当たるはずだった。が、
「エネルギー10%以下。生命維持モードに移ります」
「……………」
――――エネルギー切れ。

こうしてテストは終わった。
今は白き月のキッチンを借りてアップルパイを作って食べているのである。
クレータやティニーを含めた整備班や研究員の人達も一緒にお茶を飲んでいる。
「ビスケットさんが作ったんですか?おいしいですね」
ティニーが言う。
「しかし、なんでみんなの分まで作らなきゃならないんだ…」
「いいじゃないの。喜んでもらえてるし。…私達の分は無いけど」
しぐれが苦笑いして言う。
「……それじゃあ、次はしぐれの好きなものを賭けてやりましょう…」
最後の一切れを食べたスフレが言った。
「そうね。次は負けないんだから!」
「ちょっと、待て!それって俺が作るのか!?」
再びやる気をだすしぐれ。そしてツッコむレオン。

今日も白き月は寂しさとは無縁であった。

続く
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