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第四章 朱い彗星、再び(前編)




大きく広がった空間にタイルが敷き詰められている。辺りは湯気でいっぱいで蒸し暑い。
まぁ、ここは風呂だから当然だった。いわゆる銭湯のような大きな風呂。
それは海賊船「スター・オーシャン」の中にあった。
「やっぱ、一仕事の後にはお風呂が一番よね。メルもそう思わない?」
長い朱い髪を上げた少女が言う。
「まだ仕事は残ってますよ〜?これからもう一回出撃してもらいますし」
メルと呼ばれた少女が答える。鮮やかな碧の髪の下の背中には小さな羽が生えている。
「だから、一仕事だってば。あ〜、極楽だわ〜…」
ぶくぶくと泡を吹き出すプリュレ。
「なぁ〜に親父みたいなこと言ってるんですか〜。まだまだ若いんですよ〜?」
「メルはあたしと同じ年でしょうが」
と言っても、とてもそうは見えない。プリュレが160cm、メルが113cm。約50cmの差がある。
メル―――メイプル・パイフィ・オ・ティンカ―ベルは妖精族なのだ。
エルフではなくフェアリーの類である。そのため身長が低い。体重も軽い。
二人して言い争っていると、蒼い髪を束ねた女性が入ってくる。
「騒がしいですよ。もう少し静かに」
「蒼奈姉さん…」
星海蒼奈は二人よりも女らしいその体を洗い、ゆっくりと湯船につかる。
「…蒼奈姉ってさ、胸大きいよね」
「な、何言うんですか!?急に!?」
「いや、読者サービスって言うか。お姉の説明って言うか」
「そんなこと、しなくていいですっ!」
「これで男性が苦手とは、もったいないですね〜。いい体してるのに〜」
どことなく黒いオーラの漂うメル。
「そ、そんなことより!次の行き先はわかってるんですか!?」
強引に話題をそらす蒼奈。
「分かってますよ〜。ギガンティアですね」
メルが答える。
「……ギガンティア、ね…」
プリュレはボソッとつぶやくと高い天井を見上げた。


皇国最大の軍事演習施設、宇宙基地ギガンティア。
今日はそこで、年に一度の技術競争大会が開かれていた。
技術競争大会とは、各地の士官学校の代表が各々の軍事技術を競い合う大会である(まんまだ)。
種目も、白兵戦闘、戦術・戦略公演議論、戦艦の甲板掃除争い、オペレーターによる早口言葉対決など多種多彩だ。
そして、黒髪の少女―――烏丸ちとせもそこにいた。彼女は剣術の試合の決勝戦を見ている。
選手の片方は金髪の少年で、もう片方は少女だ。
技術的には大差なさそうだったが、男の方が力で勝っているうようだ。
ちとせ的には女性である方を応援したくなる。自分と同じ和系の人種であることもあった。
レオンの太刀筋がかすめる。間一髪のところをかわし、反撃。少年がそれを受ける。
そして今度は攻撃の順が逆になる。
そんな、永遠に続きそうな激しい戦いは意外と簡単に終った。
「ふえぇぇぇ〜〜〜!!!?」
一人の少女が観客席から転げ落ち…会場に転落。
「な、名雪!?」
少年が気をとられる。
「せいっ!」
一気に距離を詰められ、頭部への一撃。少年はそのまま昏倒。勝負あり。
ちとせは呆気に取られつつ、負けた方は運が悪かったなぁ、と思っていた。


「はい、終わり。まぁ後は安静にしときな」
「ああ。どうも」
控え所でレオンが先の試合の手当てを受ける。ナノマシンの光が溢れ、痛みが引いていった。
打撃自体は大したことは無かったのだが、倒れた時に後頭部を打ってしまったのである。
「いやぁ、それにしても愉快な試合だったねぇ」
リディス士官学校の保険医、李文(リ・ウェン)はからからと笑った。
「レオン君、ごめんなさい…」
側にいた名雪しぐれが申し訳なさそうに言う。会場に落ちたのは彼女だった。
「…それはもう十回は聞いたな」
「うう…」
「別に怒ってない」
「でも…」
「まぁそっちに怪我が無くてよかったじゃないか」
結構な高さから落ちたが、しぐれは怪我をしなかった。
相変わらず悪運は強い。もちろん痛かったが。
「ふむ、時間だな。そろそろスフレの方を見に行こう」
ウェンがそう言った。
頷いて控え所を出た。
スフレの競技は文章の早打ちである。大型モニターには選手の姿と、打たれていく文章が表示されていた。
「あ、スフレちゃんよ」
しぐれがモニターを指差す。ものすごいスピードで、しかし無表情にキーを打つスフレがいた。
「ありえんスピードだな、あれは…」
そうこうしてるうちにスフレは文章を打ち終えた。そして制限時間が終了する。
係りの人がチェックし、順位がモニターに表示される。
そこには…
第1位 スフレ・ランディール
「本当に……すごいわねぇ……」
スフレは時間内に文章を作成し終え、さらにミスも無いに等しかった。
「――では、一位のスフレ・ランディールさん、何か一言どうぞ」
司会の男性がスフレにマイクを渡す。スフレはマイクを取ってこう言った。
「………お腹減った………」
ひたすら脱力。そして静寂。スフレの腹の虫の音だけがそこに響いた――


場面は変わる。
「ねぇ…フォルテさん、何であたし達が紋章機でアクロバットしなきゃならないんですか〜?」
エンジェル隊に新たに配属されたパイロットの一人、ランファ・フランボワーズが言う。
「今年は紋章機が全部稼動してるからね。皇国で一番有名で腕のたつパイロットと言ったら、私達だろう?」
エンジェル隊のリーダー、フォルテ・シュトーレンはなだめるように言った。
ここは、儀礼艦エルシオールの格納庫だ。もうすぐデモンストレーションとして、紋章機によるアクロバット飛行が行われる。
「まぁ、これも訓練の一つと言えなくないですわ。それに、下手をすると私達より腕のいいパイロットだって、
 ここにはいるかもしれませんわよ?」
ミント・ブラマンシュがピコピコと耳を動かして言う。
「ふふ、懐かしいなぁ〜。去年、私とランファがこの大会に出たんですよね〜」
「結果はどうだったのですか…?」
ミルフィーユ・桜葉とヴァニラ・H。彼女らもエンジェル隊だ。
「チーム戦の準々決勝まではいったんだけどね…」
「そこでミルフィーの凶運が炸裂して負けちゃったのよ」
ミルフィーユもランファも、常に主次席争いをしていた身だ。戦闘機の操縦技術もかなり高かった。
しかし、ミルフィーユのありえない運のせいで、制御がきかなくなり負けてしまったのである。
「そうでしたか…」
「惜しかったよねー」
そうこうしてるうちにルフト准将から通信が入った。
「エンジェル隊、聞こえるかね?これよりデモンストレーションのアクロバット飛行をしてもらう。準備はよいか?」
ルフトがエンジェル隊に尋ねる。
「ラッキースター、準備完了です!」
「カンフーファイター、発進準備OK!」
「トリックマスター、いつでもいけますわ」
「ハッピートリガー、スタンバイ完了!」
「ハーベスター、問題ありません…」
全員のいい返事が帰ってくる。
「よし…エンジェル隊、全機発進!」
「了解!!」
五機の紋章機は掛け声とともに五色の光を放ちながら飛んでいった――


紋章機のアクロバットをちとせも見ていた。
「きれい…」
暗闇を彩る五色の虹は、整えられた動きをする。
そして、エルシオールの花火の合図でそれぞれが個性豊かなパフォーマンスをする。
散ってはまた集まり、そしてまた散っていく五色の光。見るものを魅了させる。
「あ…そろそろ行かないと」
見てばかりいられない。自分はこれから戦わなくてはならないのだから。
ちとせは自分の乗る機体がある所へと駆けていった。
ドンッ!
「きゃっ!」
「うわっ!」
ちとせは誰かにぶつかった。どうやら男の人の声である。
「す、すみません!上を見ていたもので・・・」
謝りつつ、ぶつかった声の主の顔を確かめる。そこには金髪の少年、レオンがいた。
「いや…俺も不注意だった。こっちにも非がある。悪かった」
レオンが頭を下げる。
「本当にすみませんでした。それでは私はこれで」
「ああ」
しかし、二人とも同じ方向へ進んでいた。
「あなたも、こちらへ行くのですか?」
「ああ、次の戦闘機の模擬戦に出るんだ」
「あなたも出るんですか?」
ちとせが驚いて言う。
「ということは君も出るのか」
「はい。私は烏丸ちとせです。あなたのお名前は?」
「レオン・ビスケットだ」
「ビスケットさんですか…あ、さっきの剣術の試合に出られてた方ですよね?」
「そういう君こそ、午前中の狙撃の競技で1位だったと思ったが」
ちとせはその長けた集中力を生かして狙撃の競技に出ていた。結果はレオンの言ったとおりである。
歩きながら話しているうちに、機体のメンテナンススペースについていた。
「それじゃ。すぐに戦場で会うと思うが」
「はい。私も負けませんよ。それでは」
そう言ってちとせはレオンと別れた。


レオンは戦闘機の中にいた。ここは既に宇宙空間である。
「レオン…準備はいい…?」
スフレが通信で尋ねてくる。彼女は機体の整備も兼ねている。
「ああ。問題ない」
エネルギーはあるし、弾薬も装備した。エンジンの出力も問題ない。すぐにでも戦闘できる。
「レオン、頑張ってこいよ!」
「頼んだわよ。レオンさん!」
整備してくれた生徒達が口々に激励を送る。
「――それでは、決勝戦、開始!」
合図とともにいっせいに光が舞った。
この戦闘機による模擬戦は二種類ある。一つは編隊によるチーム戦。もう一つが各学校の代表者による、
バトルロワイヤル戦である。予選はAとBに分かれていて、レオンはAグループだった。
Bの予選突破の名簿には烏丸ちとせも名前があった。
レオンは戦闘宙域へ近づくと、次々に敵に攻撃していく。レオンの攻撃で半数はリタイヤしたか。
反撃をしてくる者もいるが、そう簡単に当たるレオンではなかった。
残機数を見ると、残り3機になっていた。
「俺を含めてあと4機か…もう3機は…」
そう思った時、レオンをめがけて銃弾が飛んでくる。
「くっ…!!」
間一髪でかわして、敵を探すが機影が無い。
「射程外か?」
するとまた銃弾が飛んでくる。どうやらアウトレンジからの攻撃が可能な機体が狙っているらしい。
「近づけなければ意味が無いか…」
レオンは弾の飛んできた方向へと機体を急がす。
しかし、相手は予想以上のスピードで移動していて、また別の角度から攻撃してくる。
「ちっ!これではらちがあかないな」
コンピュータで敵の次の攻撃位置を予測し、そこへ向かうことにした。
「ここかっ!?」
レーダーが機影を捕らえた。長距離狙撃レールガンを装備した戦闘機がいる。
「この登録番号は…烏丸ちとせ!」
「ビスケットさん、勝負です!」
ちとせの機体が旋回して正面に出てくる。射程が長い分、ちとせのほうが有利か。
「いきます!」
レールガンの弾がレオンめがけて飛んでくる。レオンは回転しながら弾を避けると、ちとせを有効射程に捕らえた。
「悪いが、もらう!」
しかし、ちとせは最小限の回避運動をし、突っ込んでくる。
「何!?」
レオンの機体にレールガンが突き当たる。この距離でレールガンの威力なら一撃で戦闘不能だ。
「正面!いただきます!」
「っ…させるか!」
出力を最大にしてバーニアを噴射し、そのまま抜ける。ちとせが発射する前に、レールガンの砲身が歪んでしまった。
そして、互いがほぼ同時に旋回する。今の武装なら、どちらが先に、どれだけ多く弾を当てるかで勝負が決まる。
「これで、終わり!!」
二人の声が重なる。お互いが全弾発射しようとしたまさにそのとき――
ドォン!!
遠くで激しい爆発。計器がそれを感知する。
「え!?」
ドォォォン!!!
先ほどよりも大きい爆発か近づいてくる。
「――現在、ここ、ギガンティアに宇宙海賊が接近しています。直ちに避難してください。くり返します――」
アナウンスが鳴り響いた。
「……宇宙海賊ーーーーーーーーーー!?」
真空の宇宙に二人の声が聞こえた。…様な気がした。

続く
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