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第四章 朱い彗星、再び(後編)




「よし!一気に片付けるわよ!シーガル2、シーガル3は私に続きなさい!他は回収準備!!」
「了解!!」
宇宙空間。海賊ブルーコスモスが輸送船を襲っていた。その隊を指揮するのはプリュレ・トリスティア。
シーガルとはカモメのことで、ブルーコスモスの戦闘中の認識コードでもある。プリュレは隊長だからシーガル1だ。
パイレーツは今回『フェアリー』を装備している。戦闘が少ない場合はこの装備が多い。
プリュレのパイレーツフェアリーとブルーコスモスの量産型戦闘機、コードネーム『アクアバード』は、
あっという間に輸送船を取り囲み、フェアリーフライヤーのフィールドで敵を包むようにして捕まえ、推進装置を破壊した。
作戦終了の合図を送ると、ふうとため息をついた。
「これでよし、と……あとはベリィちゃんの歌でも聴いてよっと……」
オーディオのスイッチを入れ、選曲し再生する。アップテンポなリズムの明るい曲がコクピットに響き渡った。が、
「プリュレ隊長!皇国軍の戦艦らしき物体を複数確認しました!!」
プリュレの部下のわめく声。
「なんですってぇ!!?」
がばっと身を乗り出して通信ウィンドウに顔を近づける。
「ほら、あれです」
拡大された映像が送られてきた。
「ここって皇国最大の演習施設ギガンティアじゃないの。今週は演習しないって諜報部から聞いてたんだけど…」
「す、すみません、プリュレさん!昨日から、士官学校の競技大会をやっていたそうで…」
別ウィンドウに男の顔が浮かび上がる。
「はぁっ!?ちょっとなによそれ!!」
男に怒声を浴びせる。
「諜報部!帰ったら覚えときなさいよ!!」
「あ、待ってください!現在そこにはエンジェル隊もいるそうですし、撤退したほうが…」
男が弱気な声で言った。
「どーすんの、艦長?」
「撤退……と行きたいですが」
艦長である蒼奈は難しい顔をした。
「無理ですね〜。レーダーに捕捉されました。敵とみなされましたよ」
緑の髪のオペレータの少女、メルが言う。状況の割にはあまり動揺していないのは性格である。
「うぅ……最悪」
さすがにプリュレも弱気になる。
大隊とまでは行かないが、戦艦、駆逐艦、巡洋艦が数隻いる。
エルシオールとエンジェル隊なら1艦隊にも勝る。まともに戦えばまず勝ち目は無い。
「駆逐艦及び戦闘機、こちらに接近です。艦長、どうします〜?」
「最短のクロノドライヴ可能なポイントを割り出してください。リディアさんとの合流ポイントから多少外れてもかまいません」
「了解です〜。ちょっと待っててくださいね〜」
メルはカタカタとキーを打ち最短のルートを計算する。
「でました。このエリアのX303、Y092、Z198あたりです〜」
「ええっと…X303、Y092、Z198…って、あんたここ……」
プリュレが呆れたようにつぶやく。
「他に無いんですか?」
「これ以外ですと、合流に3日以上支障がでますよ。下手をすると核融合反応で爆発の可能性もあるのでこれ以外は無理ですね〜」
メルはいたって笑顔で答えた。口調も穏やかだ。だがそれが怖い。
このエリアの座標X303、Y092、Z198。そこはここから見てギガンティアの少し後ろ。つまり、敵陣を突破することになる。
ついでに座標で言うくらいだからかなり範囲は狭い。かわりに比較的近い。
「仕方ありませんね……最大船速で迂回しつつこのポイントへ向かいます。クロノドライヴへのシフトを準備してください」
「私は?」
「道を空けてきてくれると嬉しいですね」
「ついてないなぁ…もう……あんた達、私が先行するから護衛は任せたわよ。それから…メル、換装するよ。コメットで行くわ!」
「いいんですか?混戦ならミーティアのほうが…」
「あっちにはエンジェル隊がいるのよ?使い慣れてる武装がいいの」
「そうですね。了解です〜。パイレーツアームズ『コメット』及びフェイクアーマー、射出!!」
メルの声に続いてパーツが射出される。それまで装備していた『フェアリー』とその偽装装甲を解除し、装甲の色が銀色へと戻る。
そして新たに『コメット』とその偽装用装甲――フェイクアーマーを機体へ装備した。機体色は朱へと変わる。
「換装完了!パイレーツコメット、突貫!!!」
そう言ってプリュレは彗星のごとく敵の真っ只中へと飛んでいった。

「海……賊だと……?」
レオンは近づいてくる機影を見てつぶやいた。
レーダーに戦艦クラスの反応が一つと、戦闘機クラスの反応が複数。そのうち一機がどんどん近づいてくる。
「近づいて…来る!?ビスケットさん、どうしましょう!!?」
戦闘機の凄まじいスピードに、ちとせがうろたえる。その戦闘機は既に肉眼で確認できるところまできていた。
「烏丸は下がれ。俺が食い止める」
「で、ですが…!一人では危険です!」
「俺は多少だが、実戦経験があるが、お前は危なそうだからな…」
現にかなりうろたえている。そんな状況では戦闘は続けられない。
「それでも!私は戦います!」
そのとき、警報アラームが鳴り響いた。このアラームは敵が有効射程に近づいたことを意味する。
どうやら敵は待ってくれないようだ。すぐに迎撃の準備をする。
が、敵はこちらには目もくれずに、基地のほうへと向かった。
「っ…しまった!!」
レオンたちは急旋回し、戦闘機を追った。
戦艦の群れの中に一機、凄まじいスピードで飛んでいくのが見える。
迎撃でスピードを落とすことなく、まるで踊っているかのようにさえ見える。
味方に当たる危険があるため、戦艦からはあまり派手に攻撃できず、機銃程度の対空迎撃しか行えないようだ。
「あんな高速機見たことが無い……いや…」
一つだけ、心当たりがある。
紋章機だ。あの機体は紋章機だ。
「それでもやるしかないか…!」
なんとか射程内に捕らえ攻撃する。レオンたちも派手な攻撃はできない。もっとも派手に攻撃できる武器は無いが。
レオンたちの攻撃はあっけなく外れる。敵は旋回してこちらを撃つ。早い。
「きゃっ!!」
ちとせの乗っていた戦闘機をかすめる。直撃はしていない。レオンはそれを援護する。
「なかなかやるじゃない。さすがは大会の上位者ってトコかしら?」
意外と早い反応を見せた戦闘機を見て、プリュレが面白そうに言う。
「でも、機体がこれじゃあね…」
紋章機と訓練機じゃ天と地の差がある。勝てるわけが無い。
だから、次の瞬間にレオンとちとせの機体の主翼は撃ち抜かれていた。
「やられた!?」
機体から火が吹く。バランスが取れず、錐もみしながら速度が落ちていく。
「じゃ、ね♪」
プリュレは次の獲物へと向かった。

「大型戦闘機、こちらに向かってきます!すごい速さです!!」
「フォルテさん、まだですか?このままでは…」
「ええい、今向かってるところさ!少し待っておくれよ…」
「うわーん、アルモさ〜ん!援軍まだですかぁ〜!!」
「ショコラさん!も、もうちょっと頑張ってください!」
儀礼艦エルシオール、ブリッジ。現在の状況、仲間との連絡、そして指示などが飛び交う。
外では先ほどまで試合をしていたショコラ・アストゥールが朱い戦闘機と交戦していた。
もう一機、ショコラと戦っていた生徒は、攻撃を受け、既に撤退している。
「エンジェル隊はまだこれそうにありません!さっきの士官生…ショコラさんでは無理です!
 ヴァニラさんだけでも出撃させましょう!」
ショートカットの女の子、アルモが指令である初老の男に叫ぶ。
エンジェル隊はギガンティアを観光に出ていた。出店やその他のイベントもやっている。
ヴァニラだけは念を置いて残っていたのだ。
「駄目じゃ。敵の狙いはこのエルシオールと紋章機かもしれん。それはできん」
司令官――ルフト・ヴァイツェンは断固拒否した。
「しかしそれでは…」
「ルフト指令!戦闘機が射程内に入ります!!」
眼鏡の少女、ココが割って入った。彼女はレーダーなどを担当する。
どうやらショコラは振り切られたようだ。
「すぐに迎撃!近寄らせるな!!」
ルフトの命令にすぐに対応する。機銃とミサイルが一斉に動き出した。しかし、敵には当たらない。
「ルフト指令…ここは私が…」
ヴァニラが通信で話し掛ける。しかし、ルフトは首を振った。
「さっきも言ったように、君を出撃させるわけにはいかん。敵データの数値では、紋章機に近しい。だから――」
敵の攻撃がエルシオールに直撃した。
「指令!2番ハッチがやられました!武装も30%近く破壊されています!!」
ココが叫ぶ。アルモはまだエンジェル隊と交信している。
「くっ…、ハーベスター発進準備!エルシオールをこれ以上やらせるな!!」
エルシオールの下部ハッチが開いてGA-005が発進準備に入る。しかし。
「敵が正面に!…エネルギー反応増大!目標はハーベスターです!!」
「なんじゃと!!?」
「来ます!!」
戦闘機の一斉射撃。ハーベスターへと一直線に向かう。
「……え?」
アームが下ろされ、宇宙が視野に入った瞬間に弾幕がヴァニラの目の前に来る。かわすのは不可能だ。
「ヴァニラ君!!!」
ルフトが叫ぶ。しかし、無情にもその攻撃はハーベスターに―――


「ホワイト……ヴェール!!!」


―――当たらなかった。
「……成功したぁ〜…間に合ったわぁ〜…」
ほっと安堵するしぐれ。敵の攻撃は雪の結晶を模した白きフィールドによってかき消された。
「な、何よ!コイツ!?」
プリュレは急に現れたヴェールスノーに驚く。
ルフト達も驚く。
「あの機体は…?」
「ええと…UGAS-002、ヴェールスノーです。これって…例の紋章機もどきですよ」
「さらにもう一機確認…これは、UGAS-001、シャドウディスパー!」
紋章機もどき。しぐれ達の機体はそうあだ名されてた。紋章機のカテゴリーではない。
紋章機と同じフレームではあるが、紋章とクロノストリングエンジンを積んでいないのが理由らしい。
「っ!そうじゃ、ハーベスターは!?」
「無事です!…けど、アームの配線が切れてロックが解除できません」
「とりあえず回収し、すぐに直すんじゃ!あの機体も奪われるわけには行かない物じゃからな」
ハーベスターはエルシオールへ収容される。
それを確認するとヴェールスノーはエルシオールとパイレーツコメットの間へと動く。
「コイツ…見た目は変わってるけど、3ヶ月前の…!それに、こっちは新手?
 …いいとこに来たじゃない…今度こそ捕まえてみせるわ!!」
そうなのだ。3ヶ月前、しぐれとプリュレは遭遇してる。
「あの時の海賊…!また現れたんだ…!!」
「…大丈夫なの?」
スフレが尋ねてくる。お腹が減ってるからか、彼女のリンク率は低い。だからしぐれが殿になって出てきたのだ。
「大丈夫よ。スフレちゃんはエルシオールをお願い。私の機体なら多少当たっても平気だし。
 それに……ロストテクノロジーを狙う者は、私が許さないもの!」
今のしぐれはそれなりの力を持っている。気合を入れ操縦桿を握りなおした。
「今度は、自分の力で戦ってみせる!」
ヴェールスノーは全ての武器を放つ。先ほどプロテクトを解除してもらったのだ。攻撃が敵機へと迫る。
プリュレは回避。そして反撃する。ガトリングとミサイルで動きを抑え、近づいたところを至近距離でリボルバーキャノン。
フェールドジェネレータを攻撃。さらにすれ違い様に放ったアンカーフックで推進装置を破壊した。
とまぁ、僅か三行で決着がついた。『三行』である。
しぐれの機体の動きがふらふらとなり、時々誘爆が起こる。
偽装用の装甲があるにもかかわらず、メインフレームにもダメージがあるようだ。
「………うぅ…」
敵の反撃が早すぎてわけがわからなくなった。それに衝撃でしぐれ自身にかなり負担がかかっている。
「…その程度の腕なの?がっかりね。まぁこの前のことで士官生になったみたいだし、いい方なのかな」
スフレは余裕綽々と言った感じで感想を吐く。
「さて、紋章機はさっきの攻撃で引っ込んだし、もう一機を動けなくさせれば万事オッケーね。…ん?」
警報アラームだ。レーダーを見ると先ほど翼を撃ったはずの戦闘機が2機近づく。
さらにさっき振り払った機体も一緒になって攻撃してくる。
「名雪!!無事か!?」
「レオン…くん?…だ、ダメ!!来たらダメ!!!」
しぐれが叫ぶ。なんとかレオン達のところへ飛ぼうとするが、スピードが上がらない。
レオン、ちとせ、ショコラは攻撃の手を休めない。それでもプリュレには無駄だった。
「でええい!うっさいのよ、あんた達!!そんなに落としてほしいの!?」
「え?…きゃぁぁぁあ!」
レオンやちとせの乗る機体をビームが貫く。まだ落ちてはいない。
「だめ…やめてぇぇ!!」
しぐれの叫びは届かない。それどころか意識が朦朧とし、手に力が入らなくなってくる。
「ターゲットをマルチロック!全方位攻撃、発射!!」
光の束が戦闘機に向かって突き進む。
「だ…めぇ……」
ヴェールスノーは追いつけない。意識が薄れていく中、しぐれが最後に見たのは―――

―――舞い散る白い羽と天使の紋章だった。




「…う?」
白い天井。見慣れない。ここは何処だろう?
「あ、目覚めました?」
長い黒髪の少女がいた。スフレではない。誰だろう?
「私は、烏丸ちとせです。名雪さん、大丈夫ですか?」
「ちとせ…ちゃん?…うん。大丈夫…かな」
周りを見るとどうやらここは医務室のようだ。そういえば自分の着ている服も学校の制服ではなく病棟用の物だ。
白いベッドの上には小さめの少女が寝てる。
「…て、あら?」
「あ…こちらの方は、ショコラさんです。先ほど私達と試合をしていて…。一緒にあなたを診ていたんですよ」
「そうなんだ…ありがとうね。…そうだ!あの戦闘機は…海賊は!?それにレオンくんは!?」
「ビスケットさんなら、さっき、食事を作ってくるとかで…。海賊は…逃げられました」
それを聞いて安堵する。しかし、別の疑問が浮かぶ。
「…どうして、あなた達は無事なの?攻撃を受けたはずじゃ…」
そうだ。確か敵の攻撃が迫って…そこで意識は途絶えたのだが。
「エンジェル隊の方が助けてくれたんですよ。私、感激しました!あんなに強かった敵をいとも簡単に追い詰めるんですから!」
「そうなの…?すごいわねぇ…」
自分は手も足も出なかった。これが格の違いという物だろうか。
「ですが、自爆に見せかけた爆発で逃げられてしまったんです…」
ちとせが言うには、その敵は紋章機の4番機パイロットと面識があったらしく、なんとか捕まえようとしたものの、
外部装甲を爆破させ、それと同時に攻撃し、逃げたらしい。
「あと…外部装甲を外したあの機体は、紋章機に似ていました…」
「え…?」
前にも似たようなことを感じた。やはり紋章機なのだろうか?
「それにしても…結局、私は役に立たなかったわけなのね〜…」
はぁ、とため息をつく。
「そんなことは無いですよ。GA-005を守ったのはあなただと聞きました」
「でも、『三行』でやられちゃうし…」
それに、今回もちゃんと帰ることができなかった。実際に機体を動かすと、
いつもエネルギーが切れたり、エンジンが止まったりと、ちゃんと帰還できたためしがない。


―――次は、ちゃんと帰って来れるだろうか?


「お、しぐれ。目が覚めたんだ?ちとせも診ててくれてありがとな」
保険医のウェンが入ってくる。手にもっているのはナノマシンのマラカスだ。
「体が大丈夫なら食堂へ行かないか?レオンが美味いもの作ってるぞ」
「………」
「…名雪さん?」
「あ、うん。行きましょ」
寝ていたショコラを起こして、医務室を後にする。


―――次は、生きて帰って来れるだろうか?


食堂ではレオン達が待っていた。レオンは「心配したんだぞ」と文句を言う。
スフレも一見分からないが、心配そうにしていた。
心配してくれる仲間がいる。しぐれはそれが嬉しかった。


―――大丈夫……次こそは、きっと…

続く
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