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第五章 月よりの使者




「ターゲットをマルチロック!全方位攻撃、発射!!」
光の束が戦闘機に向かって突き進む。
「だ…めぇ……」
ヴェールスノーは追いつけない。後ろにいる灰色の機体も遠すぎる。
――勝った。
プリュレは確信した。しかし、


羽。


純白と紫の機体が羽を散らしながら、その光を阻んだ。
「…っ!!GA-004っ!?…てことは」
GA-004 ハッピートリガー。そしてそのパイロットは――
「フォルテさん!!」
プリュレはハッピートリガーへと割り込み通信する。
「よ!久しぶりだねぇ。こんな無茶するとは、やっぱりあんただったか」
フォルテ・シュトーレン中尉。ムーンエンジェル隊の隊長だ。
「…5年ぶり、だっけ?あの時のいけ好かない大佐やエレンさんは元気?」
「あのおっさんは軍旗違反で捕まったよ。エレンは元気にやってると思うよ」
「そう。まぁ、いいわ。それから、フォルテさんは―――」
「ストップ。それ以上、時間稼ぎはさせないよ」
プリュレはあきらめたかのようにため息をつく。そしていつものようにさっぱりと話し出す。
「さすがね。もうちょっと待って欲しかったんだけど、やるしかないか」
言ったと同時に攻撃を始める。厚い弾幕。
「あたしに勝てると思ってるのかい?あんたに戦闘機の操縦を教えたのはあたしだよ?」
対するフォルテも弾幕を張り、ぶつかり合い相殺する。
「それに、あんたは今一人だ。けど、こっちは…」
フォルテが不適に笑った瞬間、後方からレーザーが近づく。さらに三方からビーム攻撃。直撃する。
「逃がしませんよ!海賊さん!!」
「お久しぶりですわね。この前の借りをお返ししますわ」
GA-001とGA-003。合計三機。多勢に無勢。
「さぁどうする?今ならまだ上に掛け合ってやるよ?」
フォルテが自信たっぷりに言う。勝利を確信した声だ。
さすがに分が悪すぎる。かといって、己の信念は曲げられない。プリュレはそうゆう奴だった。
「あー、蒼奈姉、聞こえる?」
プリュレは助け舟を求めた。
「はい、わかってます。許可しましょう。メル、お願い」
「はいです〜」
蒼奈の指示にメルが従う。
「さて。大人しく捕まる覚悟はできたかい?」
フォルテ達はじりじりと近づく。しかしそれがまずかった。
プリュレはスイッチを握り、
「生憎だけど、それには従えないわ。捕まるくらいなら死んだ方がマシね」
そう言うと自爆スイッチを押した。


大きな爆発。
パイレーツコメットの装甲は粉々に吹き飛び、それがフォルテ達の機体にもダメージを与える。
「っ…!あいつ、馬鹿な真似を…」
あれだけの爆発だ。おそらく死んでいる。そう思ったときだった。
「彗星天雨<コメットシャワー>!!!」
「っ!しまった!みんな、離れな!!」
爆破地点から無数の光がフォルテたちを襲う。
「フォルテさん、アレ!」
GA-001のパイロット、ミルフィーユがフォルテに叫びながらデータを送る。
そこにはカメラが捕らえた逃げていくパイレーツコメットの姿があった。そしてその姿は、
「っ…!!ちょっと待ちな!?このシルエットは……紋章機!?」
パイレーツコメットはそのまま見えなくなると、クロノドライヴ反応を出してロストした。


「とまぁ、これがうちらで撮っておいた映像データなんだけど」
「なるほどな」
白き月のとある一室。取調室だ。
「確かに、君は海賊と面識があるようだが、疑われる要素は少ないな」
取調べをするのはルフト。もちろん側にはカツ丼がある。
「んじゃ、あたしはこれで解放ですかね」
カツ丼を食べながらフォルテが言う。
「そうじゃな。…しかし、あの機体は一体なんじゃったのかのう?」
「例の紋章機もどきと同じようなもんじゃないですかねぇ…」
ルフトはふむと鼻を鳴らす。
「紋章機もどきか…アレも一体何なのかのう…」
ルフトは面倒なことになったと言うようにため息をついた。



場所は変わり、白き月研究ラボ。しぐれが端末でニュースを見ている。
『怪盗現る』といった見出しで大きく取り上げられた記事には少女のシルエットが描かれていた。
なんでも、最近白き月で下着からミサイルまで奪う怪盗が現れたらしい。
「ぶっそうねぇ…」
端末の電源を切る。
明日は初の皇国製ロストテクノロジー多数搭載型戦闘機、いわゆる紋章機のロールアウトの日である。
それに備えて、しぐれ達が受領に来たのだ。
加えて、前回の戦いで半壊したヴェールスノーの修理がもうすぐ終了するので、それも取りに来たのだ。
目の前には戦闘機「ゴーストレイブン」がアームに固定されている。
「これがレオン君の紋章機ねぇ……」
しぐれはその黒と金の機体を見つめた。黒光りするそのボディに自分の顔が映る。
機体下部に装備された対艦ブロードソード「村正」が印象的だ。それ以外には…
「…?この紋章は天使じゃないのね…」
機体側面に描かれた紋章を見つめて言った。
「………エンジェル達の紋章機との差別化を図るために、対極の存在の悪魔の紋章にしたらしいわ………」
だるそうに手すりに顔を乗せるスフレが言った。
現在はレオンは下層区域の研究室でH.O.R.N.(ホーン)リンクシステムの調整を行っている。
H.O.R.N.とは、Human.Over.Respnse.Navigation.の略である。H.A.L.O.よりも優れたシステムらしいが、扱いが難しい。
しぐれはふとため息をついた。
「レオン君はどうしてるかなぁ……」
「気になるの……?」
スフレが目だけこちらに向ける。
「ふぇ?まぁ…どんなことしてるのかなぁ…って」
「……H.O.R.N.はH.A.L.O.とは構造は違うけど、やってることは同じだからリンク調整の違いはないわ……」
スフレと話をしていると、奥のほうに少女が見えた。髪は金色で、両側にリボンでまとめられている。
少女は珍しそうに紋章機を覗いていた。
(綺麗な子ね……この辺りの子かしら……)
「お姉ちゃん、これって紋章機だよね?」
いきなり少女が話し掛けてくる。
「うーん、ちょっと違うけど…あなたはだぁれ?この辺りの子?」
しぐれはすこしかがんで話し掛けた。
「私は迷子とかじゃないよ。…お姉ちゃんって軍人さん?」
少女は子ども扱いされるのが嫌なのか、少し怒った顔をした。
「私は士官学校生よ。あなた、こういうのに興味があるの?」
「エンジェル隊以外にも紋章機ってあるんだなーと思って見てたんだよ。これって売ったりしたら高いんだろうなー」
少女はしげしげと機体を見つめる。
(変わった子ねぇ…)
そのとき、しぐれの通信機のアラームが鳴った。
「…はい、しぐれです」
「――名雪、俺のリンク調整が終わったから、第四作業格納庫へ行ってくれ。クレータ班長がお前達のリンク調整をするそうだ」
レオンの声だ。ここは第三作業格納庫だからすぐ隣である。
「わかったわ。先に行ってるわね」
そう言って通信を切る。
「……行くの?」
スフレがだるそうに言った。
「うん。次は私達の番だって。…あら?さっきの子は?」
辺りを見ると先ほどの少女の姿は無い。
「まぁ、いっか。いきましょ」
しぐれはスフレを連れて第四作業格納庫へと向かった。


その日の夜。しぐれはシミュレータに向かう。その姿は鬼気迫るものがある。
前回の戦いで完全に敗北した。それは自分の未熟さからだ。
だから、彼女は強くなるために努力をしなければならない。それが機体を任されたということなのだ。
しぐれ自身も負けたことが悔しかった。もちろん勝てると思っていたわけではない。
迎撃程度なら何とかなると踏んでいた。しかし、手も足も出ずに完膚なきまでに負けてしまったのである。
「ふう…少し休もうかしら…」
シミュレータから出る。夜食でも買ってこようと思って訓練室を後にする。
だが、外に出た時、異様な雰囲気を感じ取った。
「…静かね」
確かに夜だから人気は少ないが、ここまでではないはずだ。さっきまで、ここを管理していた人は…
「寝てる…?」
管理室で寝てる将校。奥の方でも交代するはずの士官がいびきをかいて寝ている。声を掛けても起きる気配が無い。
「どうなってるの…?」
不審に思い、一番近くの人気の多いところへ行ってみることにした。
ここからだと…第三・第四作業格納庫だ。
「すいませ〜ん。誰かいますかぁ〜…?」
言いつつ格納庫に入る。
「…名雪?どうした?」
「あ、レオン君。何だかみんないないんだけど…どうかしたの?」
「俺もそれが気になってきたんだ…ほら、クレータ班長達がみんな寝てる」
そこにはぐっすりと寝てるクレータ達作業班。
「変ね…みんな寝てるなんて…それに、まだ作業途中みたいだし…」
「はぁ…戻ってくればこれだ。まったく、どうなっている?」
「あれ?レオン君どこかに行ってたの?」
「ああ、妹の所に―――」
その時だった。
「わ!!何、あなた!?ちょ、何す……ぐぅ」
誰かの叫び声。そしてバタリと倒れる音。
「誰だ!?」
急いで声のした方へ向かう。
そこにいたのは黒い衣装を身にまとった、小さな少女だった。
シルクハットを深く被っていて顔は見えない。
「まだいたんだ…ま、いっか。少しくらい口上を聞く人がいないとね☆」
少女は少し上のフロアにぴょんと飛び上がると声高らかに言った。
「月よりの使者、怪盗エクレール、ただいま参上!」
「…ふぇぇぇぇ!!!?」
慌てふためくしぐれ。
「怪盗…ニュースでやってた奴か」
「当ったりー!私って有名人ー?」
少女は陽気に笑う。
レオンは無言で少女のところまで飛び上がり捕まえようとする。
その身のこなしはさすがといったところだ。
「あはっ!私を捕まえようなんて10年早いよ!」
対する怪盗はひょいとかわす。
「名雪!追うぞ!!」
「ふ、ふぇぇ〜!?」
やっと上にあがってきたしぐれの手を引き走り出す。
「はぁ…はぁ…早いわよ〜…」
「仕方ないな…これを持ってろ。俺は先に行く」
「えっ、ちょっとこれ銃じゃ!?」
レオンはしぐれを置いてスピードを上げる。
つきあたりで止まっていたエクレールに追いついた。
レオンは鞘に入れたまま刀を振るう。
「わ、珍しい物持ってるね。売ったら高そ〜」
少女はバック転、宙返り、側転など、アクロバティックに攻撃をかわす。
かなり高い運動能力と動体視力、バランス感覚を持っている。普通の人間ではない。
しかし、レオンも高い戦闘能力を持っている。センスだけでかわす相手に当てることは簡単だった。
刀が少女を叩く―――
ガキンッ
金属がぶつかる音がした。
刀と彼女の間には、傘―――に仕込まれた剣。鞘を切り裂き、刀とぶつかる。
レオンとエクレールがつばぜり合っていると、後ろからしぐれが走ってくる。
「レオン君大丈夫?」
「名雪、下がってろ!」
「隙あり、だよ!!」
怪盗は何処からかカードを取り出すとレオン達に向かって投げつけた。
「ひゃあ!!?」
カカカっと壁に突き刺さる。
「な…コンクリートの壁に突き刺さってる…!!」
「嘘だろ!?そんなバカな…」
しかし、二度目の攻撃が来てそれが鉄の手すりを真っ二つに割るのを見ると、さすがのレオンも唾を呑んだ。
「当たると痛いよ?」
「痛いどころで済むか!!くそっ!」
レオンは刀で頭部を狙う。当たれば昏倒すること必至だ。
少女はしゃがんでかわし頭上をかすめる。シルクハットが吹き飛んだ。
「なっ………!?」
「あ……この子…」
レオンとしぐれは驚いた。が、しぐれ以上にレオンは驚いて呆然としている。
「?まぁ…いいや。逃げさせてもらうよ」
少女はすかさずダッシュで逃げる。
「あ、待ちなさい…!レオン君…!」
レオンははっとなり返事をする。
「大丈夫…?どうかしたの?」
「いや、なんでもない。それより早く追うぞ!!」
しぐれ達は再び走り出した。


逃げるエクレールを追い続け、やっとつきあたりに追い詰めた。
高い場所に位置し、後ろは道が続いておらず、これ以上逃げるのは困難なはずだ。
「動くな!撃つぞ!!」
「大人しく捕まって!」
光線銃を構えるレオン。これなら気絶させる程度で済むはずだ。
「どうせ撃つ気なんかないんでしょ?」
「動くなと言っている。当たるとそれなりに痛いぞ?」
「…やーっだよ!」
エクレールは足を踏ん張り飛び上がろうとする。
「くっ…!」
レオンは引き金を引いた。
銃口から光が溢れ、一直線に少女の腹部へと向かい―――命中。
「っ!!」
体が吹き飛び、悲鳴と共に血が吹き出る。
「なっ…!!?」
バカな。パワーを抑えたハズなのに。吹き飛ぶほどの威力は無い。ましてや血が出るなんて…
一瞬。忌まわしい過去がフラッシュバックした。
あの時も同じように引き金を―――
はっと我に帰る。
少女は吹き飛びそのまま頭から落ちようとしていた。
レオンは手すりに駆け寄る。しぐれは口に手をあてて仰天している。
そのままいけば、少女は頭から地面に叩きつけられ死んでいるだろう。
しかし、そこにあったのは、猫のようにくるくると宙返りしてスタッと着地する姿が合った。
「……なーんてね♪」
ぺロッと舌を出す少女。
「…やられた」
がくっと肩を落とすも、安心してしまう。自分の弱さが恨めしい。
だがやらなければいけないことに気づく。
「レオン君…あの子は?」
「無事だ。あそこに…!?」
レオンの指差した場所はゴーストレイブン。
そこにいる少女が手を振って大声で叫ぶ。
「これはもらっていくからねー!じゃーねー!!」
ゴーストレイブンに乗り込むエクレール。
「こら、待て!!…しぐれ!!」
レオンは何か思いついたようにしぐれに叫ぶ
「な、何!?」
「このままだとレイブンが奪われる。ヴェールスノーで追うぞ」
「ええ!でも、まだ修理は完全に終ってないわよ?」
「偽装装甲を装備してないだけだ!行くぞ!!」
レオンはしぐれの腰の辺りを掴むと地面に向かって飛び降りた。
「ぶえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
絶叫。
レオンは見事に着地する。
「し、死ぬかと思ったわぁ〜…」
「うるさいから叫ぶな…」
走ってヴェールスノーのところへと急ぐ。
ついた頃には、ゴーストレイヴンが発進していた。
おそらく彼女はH.A.L.O.にリンクすることができるのだろう。
まったく、H.A.L.O.を使える人間は少数じゃなかったのだろうか。
ヴェールスノーはまだ作業中だったらしく、コクピットハッチが開いており、そこから中に入った。
しぐれは座席に座り、起動スイッチを押す。レオンは後ろだ。
「メインシステム起動。13から34までの行程を省略。H.A.L.O. スタンバイ」
次々に機体を動かす手順を踏む。
「クロノブラックホールエンジン、起動!出力…安定!」
機体の最終チェックを省略し、エンジンを起動する。
「あ…武装プロテクトがかかってない…。まだ作業中だったからかな…?」
「丁度いい。フローズンキャノンで動きを止めるぞ」
「うん!…ヴェールスノー、発進!!」


暗い宇宙。静かな宇宙。黒い宇宙。
その黒と同じ色をした機体、ゴーストレイヴンが白き月を飛び去った。
「えっへへ、ちょろいちょろい♪」
機体を奪取し、意気揚揚と帰路へと向かう。
だが、藍色の機体はそれを許さなかった。
水色の光線―――ヴェールスノーの冷凍波だ―――がゴーストレイヴンの横を通り過ぎる。
「うわ!…追ってきた!?}
全方位モニターの後ろを向くと、戦闘機が後ろから追ってくる。
『待ちなさい!その機体を返して!』
「えー、やだよ?」
『なら撃つだけだ。しぐれ、攻撃開始だ』
「それもやだなぁ」
黒い機体をしぐれが狙う。
「わわわわわ!?」
多少当たるものの、致命打には至らない。至らないように撃ったのだ。
動きが鈍ったそこへフローズンキャノンを発射する。
しかし、その攻撃は外れ、装甲が少し凍った程度だった。
「当たらない?」
「もっとしっかり狙え!逃げられるぞ」
「でも…ちゃんと狙ったのに」
「言い訳は後だ。次は外すなよ」
しぐれは操縦桿のトリガーを引く。
またも青白い光が黒の機体へと迫り―――
外れる。
「へたくそ〜。射撃ってのは、こうやるんじゃない?」
怪盗が反転する――と同時にレーザーキャノンが宇宙を走った。続いてバルカン。
「きゃぁ!」
「っ…!回避だ!」
ヴェールスノーのフィールドに守られつつ、回避行動をとる。
しかし、動きが鈍い。バルカン、ミサイル、ファランクスがフィールドに弾かれる。
「どうした?いつもよりも反応速度が遅いぞ!」
「え…なんで…?………あ!」
しぐれがウィンドウの表示を指す。
「なんだ?」
「リンク率が…40%越えてない」
現在のしぐれとヴェールスノーのリンク率は35%前後だ。
前の戦闘やテストよりも著しく低下している。
「テストでは60%くらいじゃなかったか?」
「私にもわからないのよ…!でも…なんだか怖い…かも」
前回の戦い―――海賊との戦闘がフラッシュバックする。
何もできないまま、数秒で戦闘不能にされた。
圧倒的な恐怖感が一瞬の内に迫ったのだ。
それが原因でコクピットにいることが、宇宙を跳ぶ事が彼女に恐怖を与えていた。
「やだ…怖いの…?」
敵が紋章機ということも恐怖の要因だ。ビームが、ミサイルが、恐怖感を膨らませていく。
紋章機のリンクシステムは彼女にそれを増大して感じさせる。
「あ……う…」
「名雪!!」
「ひゃ、ひゃい!!」
レオンが一括する。
「H.A.L.O.や機体性能に甘えるな。相手は素人だ。H.A.L.O.にリンクできても戦えない。
こっちが負ける要素はないんだ」
「………」
「技術が無いというのなら知恵を絞れ。俺とお前なら勝てる作くらい思いつくはずだ」
「私と…レオン君なら…?」
ぽつりとつぶやく。その言葉を言った途端、力が湧いたような気がした。
体が軽くなり頭も冴えてくる。
「この機体の特徴はなんだ?」
「えっと…防御能力と…機動性…それから冷凍波…冷凍…フィールド………あ!」
「どうだ?」
「体当たり!体当たりよ!」
「は?」
レオンはあまりに突飛な発言に固まった。
「冷凍フィールドをぶつけるの!」
「そんなことできるなら普通に撃った方が早いだろ!」
「でも、こっちの方が簡単で、私にとっては確実よ」
レオンは頭を抱えつつ、
「…まぁ、できるのならやってみろ」
「うん!」
言うなり気合を入れて敵へ突進する。
「突っ込んでくる!?」
エクレールは先ほどから幾ら攻撃してもまともにダメージを与えられず、逃げに徹しようとしていた。
ヴェールスノーは異常なまでの速さで接近する。それこそ、今までの最高速度だった。
そして、距離が詰まる。
「フィールド、全開っ!あったれぇぇぇぇぇえ!!」
「うわぁっ!?」
レイヴンは回避した。しかし、近すぎたのだ。
フィールドにぶつかり、ガチンッと音を立てて機体の右側が氷付けになる。
機体はまともに動けないようだ。
そこをすかさず旋回し、フローズンキャノンでしとめる。
敵は完全に沈黙した。
「よし、やったな」
「うん!やった…よ…。…あれ……?」
しぐれはガッツポーズをするもふらっと倒れてしまう。
「名雪!?」
レオンがシートの前に乗り出すと、しぐれは寝息を立てている。
そういえば今は深夜だった。時計を見ると、白き月の時間で2時になっている。
「…今日も起きては帰らないのか……」
子供のように、おんぶされて帰るようだ。
「ふむ…まぁ、今回はいいか…」
しぐれの満足そうな寝顔を見ながらレオンは微笑んだ。


「…で、この子どうするの?」
「…それが問題ね…」
白き月のラボにある食堂。
一人の少女が並べられた料理を次々に平らげていく。
ワイヤーアンカーで連れられてゴーストレイヴンは帰還したのだった。
簡易マニュアルモードでの操縦はリンクせずとも動くことはできる。ただし、戦闘は不可能であるが。
ヴェールスノー、ゴーストレイブン共に、ダメージは軽微だったが、搬入は少し遅れることになった。
「それにしても、朝からよく食うな…」
料理を作って運んでくるレオンが呆れたように言った。
それだけ少女の食べるスピードが凄まじかった。
「がつがつがつがつ……んぐっ!?」
「あ…はい、お水」
のどに詰まらせたのを見てしぐれが水を渡す。
「ごくごくごく…ぷはーーっ!ふー…死ぬかと思ったよ〜…」
「じゃあもっとゆっくり食べればいいだろ」
「そう言うわけにはいかないよ」
何がそう言うわけにはいかないのかは知らないが、少女はまたさらに手をつける。
「う〜〜〜、こんな料理をタダでくれて………神様だよ〜!!」
涙を流しながらそう言って猛スピードで皿の料理が消えていく。
戦闘が終了するなり空腹で倒れたのだ。よってレオンが料理を作る羽目になった。
聞くと、5日くらい水しか飲んでないらしい。
「…で、どうするの?」
スフレが口を開いた。
「もしかして、このこと報告するの?」
「………………」
「そんなことしたら、この子が…戦闘機なんか奪ったら銃殺刑とか、そういうのじゃない!?」
しぐれが懇願する瞳でレオンを見つめる。
少女の方は食べていた手と口を止めた。
「…同情なんかいらないよ。自業自得なんだから、さっさと報告すれば?」
少女は冷めた声で言う。
「レオン君…」
「…私は、別に報告しなくてもいいと思う…」
スフレも言った。
「……クレータ班長には、俺の制御ミスだと言っておく。それでいいな?」
「え……うんっ!」
しぐれは花が咲いたように明るく笑った。
しかし、反対に少女の方は怒り出す。
「なんで?同情なんかして欲しくないって言ったよ!?」
「別にそんなんじゃない」
「じゃあなんで!?私はそんなんで命を先延ばしにしたくない!」
きっと彼女にもポリシーのようなものがあるのだろう。
「そんなんで、生きるくらいだったら、死んだ方が―――」
「まだ生きることができるのに、軽々しく死んだ方がいいなんて言うな!!」
「…っ!」
罵声。椅子ががたんと倒れる。
しぐれはレオンが本気で怒っているのを始めて見た。
「あ…」
少女の表情が崩れた。
「うぅぅぅ〜…」
わっと雨のように泣き出す。
「れ、レオン君!女の子を泣かせたらダメでしょ!」
「じゃあどうしろと言うんだ」
スフレが少女を胸に抱いている。
「う゛〜、う゛〜、そんなこと言われたの初めてだよ〜…」
どうやらうれし泣きだったようだ。
「…大丈夫よ、悪いようにはしないわ」
「ここにいればレオン君のご飯も食べれるしね〜♪」
「…まぁ、監視・及び保護しなければならないから、死なせるわけにはいかないからな。もちろん労働の義務を課せるぞ」
「でも、どうするの?働ける場所なんて…」
「それなら、あてがある。ま、学校に戻ってからだな」
「学校?」
3人は同じ言葉を発した。加えて少女が「…て何?」と言ったが。



「ということで、頼めないか?」
「え〜…俺、ツルペタには興味ないんだけど」
つまらなそうに言うのはリディス士官学校医学教師兼保険医のリ・ウェンだ。
中華系の名前でありながら、銀髪黒目という外見である。
「だったら、なおさらお願いしたいな」
「いや、どっちかって言うと、しぐれちゃんみたいな方が俺好みって言うか」
「ふえっ!?」
赤くなるしぐれ。レオンは間髪居れずに刀でウェンを叩いた。ウェンはそれを受け止める。
「馬鹿なこと言ってないで。ここは人足りてないんだろ?金払う余裕はあるんだから、働かせてやってくれないか?」
「まぁ、保険委員いないから。単純労働してくれる人がいると助かるって言えば、助かるな」
「じゃあ、いいじゃないか」
「でもなぁ…せめてバストは70ないと…って痛」
「いいから、許可しろ!」
「まったく、からかい甲斐があるね君」
「ほっといてくれ」
ウェンはてきとーに書類に判子を押す。
「えっと、名前は?」
「あ、まだ聞いてなかったわね」
「おいおい…」
ウェンは少女に尋ねた。少女はおずおずと話す。
「私は…エクレアリル・テトラネス…」
「長い」
「は?」
「長いって言ってんの。短く簡単に」
ウェンの無茶苦茶な注文に絶句する。
「ん〜、じゃ、あだ名はクレアね。コレ決まり」
「えっ!?ちょ…」
「はいクレア、これここの仕事説明だから。わからんことがあったら言えばいい。あ、それからしぐれ」
ウェンはクレアにプリントを渡すとしぐれに顔を向けた。
「この子の制服作ってあげて。ちっちゃいから普通のじゃ無理だし。なんならナース服でもいいよ?」
「あ、じゃあどっちも作ろうかなぁ〜…」
「お前も乗るんじゃない」
「ふえぇ?ダメなの?」
「制服にしろ」
「ナース服…」
「制服にしろ!」
「はぁい…」
そんなこんなでクレアが医務室で働くことに決まったのだ。


「…そういえば、レオン君。なんで、クレアちゃんのことを助けようとしたの?」
医務室を出てクレアと分かれてからしぐれが聞いた。
「…妹に似てた」
「ふえ?」
彼の表情はどこか暗かった。
「なんでもない。行くぞ」
「あ…うん」
レオンのあとを、しぐれとスフレがついていく。
(妹…か。レオン君に妹いたんだ…)

まだ、彼やスフレについて知らないことが多くある。
いつか、全部知ることができるだろうか。
いつか、その表情に隠された思いを知ることができるだろうか。

いつか。

きっと知りたいと、思った。










同時刻、トランスバール本星、皇国軍本部。
「エンジェル隊との交戦データを元に検討した結果、今回の件は君の部隊に任せることになった」
初老の将校が言う。いかにも威厳があるといった感じだ。
対して話を聞いている方は黒髪でまだ若い。どこか飄々した感じがする男だ。
「君の部隊の力なら必ずや任務を遂行できると信じている。詳細は追って送らせてもらおう。
あの海賊の討伐するという過酷な任務だが、頑張ってくれたまえ」
「ええ。ま、最善を尽くしますよ」
将校が、男の名を呼んだ。







「ふむ、頼んだぞ、メトロ・N・マイヤーズ准将」






その男は、後に英雄と呼ばれたタクト・マイヤーズの兄であった―――

続く
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