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第六章 終るプレリュード




ある夕方のこと。
一人の少女がしょんぼりと肩を落として去っていく。
そしてそのずっと後にはレオン・ビスケットの姿があった。
「あ…名雪」
レオンはばつが悪そうに名雪しぐれを見つけた。
しぐれは状況を理解した。
「また、告白されたの?」
半ば呆れ気味に彼女は言った。
今更だが、レオンはかなりモテる設定である。
何故今になってそれが表れたかというと―――
学園祭があるのである。
「レオン君はモテるからねぇ…でも、なんでいつもフってばかりなの?」
「いいだろ、別に」
「フられた子がかわいそうよ」
レオンは告白された相手をことごとくフっている。
理由は知らない。単に興味が無いだけかもしれない。
「それよりも学園祭の準備だ」
そう言うと足を速めて先に行ってしまう。
「あ、待って」
しぐれは後を追った。

リディス士官学校学園祭。
とはいっても、やることは普通の文化祭と対して変わりは無い。
むしろ、軍人として教育をされている生徒達にとって、普通の学校の文化祭の方がよいのだ。
出店が出て、バンドのステージがあり、最後には炎を囲んでフォークダンスを踊る。
しぐれ達の班ではレオンの料理を出すことにしている。
ウェイトレスのメイド服はしぐれ製。
針と糸と布さえあれば服まで作れるのだ。
もっとも、量が多いので、ミシンを使っているが。
「これで、終わりっと」
ようやく最後の一着が完成する。
学園祭は明後日だった。
「お疲れだよ。はい、お茶」
この学校にいるにしてはやや小さな少女がお茶を運んでくる。
この学校の制服である、ミニスカートと半袖のブラウスを着た金髪の少女。
「ありがとう、クレアちゃん。悪いわね、保健室使っちゃって」
しぐれはお茶を口に運びつつ、クレア―――エクレアリル・テトラネスに礼を言った。
クレアは紋章機を奪おうとした怪盗であり、失敗してしぐれ達の管理下にある。
あの後一応、軍の上層部には隠したのだが、どうやらバレているらしい。
が、H.A.L.O.にリンクできるということで、予備パイロットとして黙認されている。
彼女の首には逃げられないように小型の爆弾がついている。
「もう、学校の仕事には慣れた?」
「まぁね。結構楽しいよ」
「そう。よかったわぁ」
クレアは予備パイロットとして以外に、医療班としての仕事がある。
ナノマシンの適性が合ったのだ。彼女の髪飾りの金属部分がナノマシンのデバイスである。
「ナノマシンは使えるようになった?」
「あ〜…まだ、ちょっとダメなんだよねぇ…」
「あらら…」
クレアはまだナノマシンをコントロールできていない。物を直したりできないのだ。
元々修行を積んだものでないと扱えないのだからしょうがないのだが。
保険医のウェンが言うには「材料は持ってこれるがそれをうまく組み合わせられてない」らしい。
「ナノマシン自体は使えるんだけどね」
クレアは机の上に散らばっていたトランプに手をかざすとバラバラと浮かび上がり束になった。
それはナノマシンの集合体だった。彼女は普段トランプにして持ち歩いている。
「ま、練習すればそのうちできるでしょ」
クレアはかなり楽観的である。しぐれも負けず劣らずだったが。
「ふう、ご馳走様。それじゃそろそろ行くわね」
しぐれは保健室を後にした。


しぐれは学校の寮に住んでいる。シャドウディスパーのパイロット、スフレ・ランディールと同室だった。
ものぐさな彼女に反して、しぐれはまめで家庭的であった。掃除洗濯は得意である。
寮に帰る途中、学校の中を見て回る。もう暗くなっているのに、まだ学園祭の準備をしているところもある。
しぐれは学園祭が楽しみだった。反面、不安だった。
彼女の関わるイベントは大抵、問題が起きて悲惨な結果になるのだ。
「…まぁ、なんとかなるでしょ」
しぐれは楽観的である。悲観的でもある。感情がすぐに変わるのだ。人間らしい人間だった。
とりあえず、何かが起きた時はその時だ。と、彼女は思っていた。




しかし、それは安息の終わりだった。




学園祭当日。しぐれはメイド服姿であわただしく駆け回る。
「え〜っと、これが5番席で、こっちが8番客席の人のね」
おぼつかない足取りで料理を運ぼうとする。そして、当然のように―――
転ぶ。
「ひゃぁあ!?」
すってーんと綺麗に転ぶ。料理は中に舞い地面に落ちる…前に回収された。
「まったく…大丈夫か?」
「レオン君…ありがと」
料理を安全なところにおく。
「どうでもいいけどな…」
「なに?」
きょとんとするしぐれ。
「18にもなる奴が猫のバックプリントの下着を穿くな」
「ば、ばかーーーー!!!」
レオンは興味なさ気に厨房に退散する。
「うううう…」
「………」
「うううう…う?」
「楽しそうね…」
スフレだった。彼女もメイド服着用。彼女もやはりしぐれのようにすっ転ぶことが多々あった。
「それはまぁ、楽しいわよ。私、ウェイトレスなんて初めてだもの」
「そう……」
スフレは相変わらず無表情に言う。
「私も楽しいわ…」
「そう?よかったわね」
「でも……それは……」
普段表情を変えないスフレが、見て取れるくらいにふっと笑った。
「あなたのおかげだと思う…」
「…ふえ?」
「あなたといると楽しいわ…」
「そ、そう?」
こくりと頷く。
誰かが、しぐれ達のことを呼んだ。注文が入ったのだろう。
「行きましょう…」
「あ、うん!」
楽しい。今が。ここが。
しぐれは確かに幸せを感じていた。


そして、夜。
生徒達が炎を囲んで、ペアを作ってフォークダンスを踊っている。
…のだが。
しぐれは厨房に居た。
「…なんで皿洗いしてるんだろう」
それは仕方が無かった。しぐれの大ドジで一度洗った皿を全て汚してしまったのだから。
割らないだけ、まだマシだった。
「はぁ…つまんないわぁ…」
しぐれはやっと最後の一つを洗い終えると訓練グラウンドでやっているダンスを見に行った。
「う〜ん、あまりの人に見知った顔は居ないわねぇ…」
スフレは見つけたが、どうやらクレアと踊っているようだった。
しぐれはフォークダンスをしたことがなかった。せっかくだから踊ってみたかったのだが…
「あら?」
見知った顔が一つ。
「レオン君?」
校舎にもたれてダンスを眺めているレオンの姿を見つけた。
「名雪か。お前は踊らないのか?」
「お皿洗ってたら、踊れそうな人が居なくって…でもいいところに居たわぁ!」
しぐれはレオンの手を取って歩き出した。
「ちょっと待て、何処へ行く気だ」
「一緒に踊りましょ!」
「どうして俺が…」
レオンは明らかに不快な顔をする。
「私とじゃ、嫌?」
「そう言うわけじゃないが、踊るのは好かない」
「たまにはいいでしょう?」
しぐれは無理やりレオンを連れてくると、ダンスの列に混じった。
「まったく…仕方ないな」
「文句言わないの。楽しく踊りましょ♪」
しぐれははレオンの手を取った。
ゆっくりとステップを踏む。
「…ふむ」
レオンも乗り気ではなかったが、観念したのか動き出した。
淡い炎に照らされて、しぐれの頬が赤く染まって見える。
生徒皆が楽しそうにしているのを見るとしぐれも楽しくなってきた。
彼女は確かに幸せを感じていた。



――――しかし、それは終わりを告げた。



ズドォォォォオン!!!!!



突然、囲んでいた炎が吹き飛んだ。
それだけではない。複数の閃光が校舎に向かったかと思うと――――


リディス士官学校は崩壊した。


爆風。
飛ばされる瓦礫とほこり。
慌てふためく生徒たち。


「…何……これ………」
しぐれは呆然としていた。
「名雪、大丈夫か!?」
レオンはしぐれをかばって伏せたのだ。二人とも無事だった。
「……何よ…これ……」
「名雪…?」
「何よ…これ……!!?…なんでこうなっちゃうの…!?」
しぐれは叫ぶ。雨が…降ってきた。
「なんで……私がいると…いつも………!!」
冷たい雫が彼女を濡らす。
「名雪……?…………っ!?」
強い風が吹いた。そして轟音。レオンたちは上を向いた。
そこには…黒い戦闘機。
「…シルス級…高速戦闘機!?」
先ほどの閃光がまた校舎を襲った。
「きゃっ!!?」
「っ…!!……どうなってるんだ!」
「…レオン…!」
逃げゆく人ごみの中からスフレの声が近づいてきた。
「……敵が」
スフレはクレアを連れて走ってきた。慣れないからか、息が切れている。
「分かってる!どうなってるんだ……取り合えず、格納庫へ行くぞ!!」
レオンはしぐれの手を取った。
「え……………?」
「紋章機に乗って上の奴等を叩き落す!」
しかし、しぐれはその場にぺたんと座り込んでしまった。
「できないよ…そんなの……無理だよぉ…」
「名雪!?」
「やだよ……怖いよ……何でこうなるの…?」
「しぐれお姉ちゃん!!」
「何で…私が居ると………こんな変なことに…」

スパンッ!!!!!

鋭い音がした。
スフレが…しぐれの顔を叩いた。
「…スフレ?」
「行くわよ…しぐれ」
呆然とするしぐれだったが、はっと我に帰った。
「行くわよ…!」
「…うん!」
それだけでいいのだろうかとレオンは思った。女とは怖い、とも。



格納庫まで走る。
空中には戦艦のようなものまで見えた。
閃光が放たれる。
「気にするな!走れ!!」
レオンが叫んだ。
格納庫が見えた。半分は破壊されているが、紋章機を格納されている方は無事だった。
「レオンさん!!」
格納庫に着くと、月の巫女の責任者―――如月花梨が叫んでいた。
「武装ロック解除してあります!発進してください!!」
「教師に発進許可は!?」
「そんなの知りませんよ!!非常事態です!!!」
しぐれ達は紋章機に乗り込んだ。機体チェックは…済んでいる。
「行ってください!」
花梨や他の月の巫女、整備班の生徒が叫ぶ。
もう既に発進している戦闘機もあった。
「了解。GA-00X TYPE-D、出るぞ!」
黒い機体が出る。
「USGA-001、発進…」
灰色の気体が出る。
「………」
(実戦…海賊なんかと違う…今度こそ本当に実戦なんだ…!!)
「しぐれさん………!」
「大丈夫です…!…いけます」
しぐれは唾を飲んで、操縦桿を握りなおした。
「…名雪しぐれ、ヴェールスノー行きます!!」
反重力制御装置が機体を中へ浮かす。
ゆっくりと前進し、格納庫から出ると、目の覚めるような藍色が、雨の空へ飛び去った。


「――スフレ、しぐれ、聞こえるな?」
「うん。聞こえるよ」
「ええ…」
空へ舞い上がった三つの翼。
別の通信が入る。
「こちらのレーダーで捕らえられる敵機のデータを送ります。利用してください」
管制室からだった。レーダーは多少破壊されているが、無いよりはマシだった。
「少なくとも、敵は30機近いな…」
「大丈夫かよ!?」
「やるしかないわね…!」
他の戦闘機のパイロットが言う。
そうだ。守るためには戦うしかない…!
レオンの声がする。
「戦力の要は俺たちだ。三手に分かれる。いいな?」
彼は敵の戦力が固まってるエリアを指示した。
「了解!」
紋章機三機を筆頭に、翼は散っていった。


「いったい、何者だ?」
レオンが向かうエリアには巡洋艦3、駆逐艦2、戦闘機2。
まず、レオンが突撃し、防御が緩んだ隙を、他の機体が止めをさす。
「皇国の物と同型だが…強い」
黒塗りの船。黒塗りの戦闘機。一体何者だ。
まぁ、いい。俺は倒すだけだ――――

機動性の低い船の多い場所は、スフレが向かったエリアだ。
しかし、その多くは既に落とされていた。
「無人機なら…簡単ね…」
ハッキングにより、機能を掌握したのだ。
スフレの能力なら敵の動きを封じるくらいわけないのである。
装甲は硬いが、中核部を狙えばすぐに落とせた。
しかし、やけに硬い。皇国の船とは別格だ。
「……………」
疑問は残る。だが、今はそれを考えてる時ではない。スフレは次の敵を捜すのは面倒だったが、
捜さないわけにもいかず、レーダーをめぐらせた。

そして、しぐれの向かったエリア。
敵は結構な数だ。一番数が多い。外れを引いたようだ。
「やっぱり運無いわね…!」
やや愚痴っぽく言う。
「しぐれ、できるか!?」
他の生徒が通信を入れてくる。
「できなくても、やらなきゃいけない…そうでしょ?」
「ああ!頼むぜ!!!」
言うと同時に攻撃をかける。まずは、戦闘機からだ。
ロックオン、発射。外れる。反撃。
「フィールド…!」
機体へのダメージは無い。が、機体は激しく揺れた。
「あぅぅ…!」
大気圏内の実戦は始めてだ。敵に攻撃を当てるのも、防御するのにも苦労する。
しぐれはもう一度敵に向かう。
ビームが敵へとぶつかり、爆散する。
「よしっ…!……?」
まだ、動く。…強い。
他の戦闘機が止めをさす。
「しぐれちゃん、気をつけて!こいつ等強いわ!」
「うん!」
再び狙いを定める。しぐれはロックオンすると大量のビームを吐き出した。
「ええい!!」
1機、また1機と落ちていく。
そのとき、警告アラームが鳴った。
「!!」
上方からの攻撃!これは…軌道上からだ。
「宇宙にも敵が居る!?」
「名雪!」
ゴーストレイブン、そしてシャドウディスパーが接近してくる。
「レオン君、宇宙にも敵が居るみたい」
「ああ。だから、俺たちで上にあがるぞ」
紋章機は大気圏を離脱できるほどの推力がある。だが、他の機体には無い。
つまり、三機だけということだ。
「このまま、軌道上から撃たれるわけにはいかない…わね」
「…いくぞ」
三機の戦闘機は雨の雲を抜けた。雲の上は満天の星空で埋め尽くされていた。
「大気圏内モードから宇宙モードに切り替わることを確認しろよ」
高度が見る見る上がり、離脱モードが起動する。
「フィールド機動、機密確保、その他もろもろ異常なし!」
空を越えた!


宇宙。再び漆黒の空間に戻ってきたのだ。
と、同時にレーダーに機影を見つける。数…23。
「ちょっと、多いわよぉ!?」
「ちょっとまて、この反応は…皇国軍の機体が追われてるぞ」
23個反応したうちの4つは緑のマーカーで点滅している。
「通信…入ったわ…」
新たなウィンドウが出る。
「士官学校の生徒かね!?」
「そうです!援護します」
「すまない…!こいつ等は普通のとは違う!!気をつけろ!!」
しかし、次の瞬間通信は途絶えた。
船が…落とされた。
「!!!」
戦艦だった物が爆散し、粉々に吹き飛んだ。
無機的なレーダー上のマーカーが一つ減る。
「う……わぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
しぐれは狂ったように攻撃を開始した。
「名雪!」
しぐれに声は届かない。
ビームの群れをかわし、あるいは弾き、しぐれは敵に近づいていく。
「さっきまで、話していたのに…!生きていたのに…!!」
両翼のブレードから合計12もの自動追尾ファランクス弾が射出され、敵へ激突し、爆発する。
「許さないんだからぁぁぁぁぁあ!!!!!」
フィールドで攻撃を防ぎながら接近、至近距離での冷凍波砲。装甲を貫く。
レオン達も味方の船も敵を討つ手を休めない。
圧倒的な機動力と火力で敵を撃ち、また、遠距離からの集中したビーム攻撃で次々に敵は消えていく。
ヴェールスノーに青白い光が集まる。その光が強く輝いた。
「クロノ…ブリザード・ブラストッ!!!!!」
ヴェールスノーの冷凍波砲をフルパワーで発射する。
その青白い光に触れた敵は瞬く間に落とされていった。
「…すごい…」
「これが…ロストテクノロジーの力なのか…」
スフレでさえ、レオンでさえ驚いていた。
ビームの筋が消え失せ、しぐれは肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ………はぁ…勝てたの……?」
敵は、全滅。
そのほとんどをしぐれが倒したのだ。
「どうやら…そうみたいだな」
「……いえ、まだだわ」
スフレが言う。シャドウディスパーは索敵能力が高い。
敵の反応を感知したのだろう。
「!!!」
ヴェールスノーも感知した。
クロノドライヴ反応――――!!

―――黒い悪意の塊がそこに現れた。

「ばかな…40機だと!?一体やつらはどれだけの戦力を…!?」
戦艦の艦長が叫ぶ。
しぐれ達は消耗していた。連戦とH.A.L.O.のリンクによる疲労で息が上がってきている。
敵の攻撃は容赦なくしぐれ達を襲う。
「くっ…やるしかないの!?」
ヴェールスノーが前に出て攻撃を防ごうとする。しかし―――

ヴェールスノーは停止した。
「え………」
エネルギー残量を表すゲージが5%を指していた。
一定以下のエネルギー量になると生命維持を優先してシステムが終了するのだ。
ぷつんとモニターが暗くなる。H.A.L.O.が終了し、生命維持モードへと移行する。
「そんな…!!エネルギーが…!」
敵の照準がヴェールスノーへと向く。回避は…無理だ。
「…しぐれ…!」
「名雪!!」
しぐれは目をつむった。
撃たれる――――!!!


そう思った。
だが、実際に撃たれたならこんなことは考えられないはずだった。
恐る恐る目を開く。
そこには部隊の真ん中を大きくえぐられた敵が居た。
「…何が起きたの?」
「…後方からエネルギー反応。来るわ」
それは極太のビームだった。敵の部隊を一掃する。
長距離からの射撃攻撃。
「味方…!?」
ビームが放たれた先には1隻の戦艦を中心とした部隊。
まるで鳥のように開かれた翼と尾。赤いカラーリングは不死鳥のようだった。
「フェニックステール!?」
戦艦の艦長が驚きの表情を見せた。
通信が入る。黒髪の男が現れる。
「――――こちら、皇国軍第1方面軍第3艦隊旗艦『フェニックステール』。
 俺は指令のメトロ・N・マイヤーズだ。貴君等を援護する」
黒髪の男がそう言うと、他の船からも攻撃が開始される。
「助かったぁ…」
しぐれは心の底から脱力した。そのまま意識がなくなってしまうほどに。

そして、この戦いが大きな戦乱の幕開けだったことをまだ彼女らは知らなかった――――

続く
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