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第九章 しぐれ救出作戦(前編)




宇宙ステーション「ポトス」、第二区「ヴェハムシティ」。
赤い翼の戦艦が補給のために立ち寄った都市の名である。
大きいな都市で、商人の町として知られている。
店がたくさん建ち並び、町はどこも賑わっていた。
そんな中に、一際目立つ藍色の髪の少女、名雪しぐれは居た。
「スフレちゃん、遅いなぁ……」
しぐれ達に上陸許可が下りたのだ。急な乗艦だったため日用品や、食糧が不足していたからだ。
しぐれとスフレは頼まれた資材と個人的な買い物を済ませて待ち合わせているのだが……
スフレとの待ち合わせの時間はとっくに過ぎている。
おそらくどこかで迷っているのだろう。だがGPSをつけているから最悪でもレオンが見つけてくれるはずだ。
そう思って近くのベンチに腰掛ける。
人工の晴れの陽気についウトウトとしてしまい、いつの間にか寝てしまっていた。
そして、しぐれに近づく影には気づかなかった。
「こいつがランディール家の娘か?」
「たぶんそうだろう。こんなところで寝る奴なんて、他に居ない」
「ハッ。そうだな」
そして誰も居なくなった。

――10分後

「……………」
黒髪の女性、スフレ・ランディールはあたりを見回す。
「………いない?」
いない。しぐれの姿は何処にもない。
ふとベンチを見ると、しぐれの物と思われる道具が放置してあった。
「……………?」
しぐれは何処にも居なかった。


同時刻、皇国軍ヴェハムシティ基地

「打ってくる奴は構うな!蹴散らせ!!発進準備!!」
ブリッジにてメトロが叫ぶ。
フェニックステールを繋いであったコードを無理やり引き払い、発進体勢をとる。
「搭乗率は?」
「上陸グループ以外は全員います。こちらの人的損害はありません。ただ、補給が完全でないため、
 エネルギーが殆ど無いので外に出るのがやっとです」
副長のアリス中佐が答える。やや青みのかかった黒い髪にメガネの姿。
小柄で華奢な体つきだ。しかし、その格闘技術はずば抜けて高いのである。
先ほども、向かってくる敵に対して上段回し蹴りを放った。軍服のタイトスカートでは下着が見えてしまうだろうに。
「よし、回収班を組んで上陸組みを拾って来い。こっちはパクって来たエネルギータンクで補給だ。
 ……しかし、まさかこんなところまでエオニア軍が進行してるとはなぁ…」
ヴェハムシティの皇国軍、いや、「元」皇国軍がフェニックステールを占拠しようとしたのだ。
ヴェハムシティの皇国軍はエオニア軍に寝返ったのである。
事前に察知することが出来て、最悪の事態は免れたが、補給が出来なかったのは痛い。
「司令、発進準備完了しました」
「よし。フェニックステール、発進!同時に、前方の障害物を破壊!」
命令と同時にメインスラスターが噴射される。
そして、艦主砲が火を吹いた。光の粒子によって艦を阻むものが消え去る。
「推力最大!逃げるぞ!!」
フェニックステールは基地を後にした。


「名雪がいない!?」
レオンが叫んだ。スフレの襟首をカクカクとゆする。
「お前がついていながら何やってたんだ!?」
「だって、GPSがついてるから大丈夫だと思ったもの……」
しぐれについていたGPSは外されていた。辿ったところを探したが、特に発見はなかった。
「まぁ、レオン少尉、落ち着け。迷子になってるだけかもしれないし…」
そのときオペレータがメトロを呼んだ。
「司令!その…基地から通信です」
「何?……つなげろ」
指示に従い通信回線をあわせる。
スクリーンに男の顔が浮かび上がった。基地の司令官だ。
「――メトロ、よくもまぁ逃げきったものだ。さすがだな」
男はフンと鼻を鳴らした。
「まったく、エオニア軍に尻尾を振るとは、こちらも誤算だったよ」
「――もう一つ誤算があることを教えてやろうか」
「何?」
「――これを見ろ」
カメラが切り替わる。そして次の瞬間映し出されたのは……
「なっ…!?」
鎖でつながれ、銃を突きつけられている青い髪の少女。
名雪しぐれだった。
「――え〜と…司令、すみません。捕まっちゃいました…」
「――ということだ。スフレ・ランディールを返して欲しければ戻って来い。
 彼女の価値は分かっているだろう?クックッ……」
「………は?」
レオンはあまりに間抜けな声を出した。他のクルーも同様に唖然としている。
しかし、メトロだけは冷静な顔だった。
「……わかった。しかし、生憎こちらはエネルギーが切れてな。それにダメージもひどい。
 補給用のタンクと修理する時間をもらえるか?」
画面上の男は顔色一つ変えず思案した様子で、
「――そうだな、月の巫女、それから紋章機のパイロットを一人ずつ含めた10人。
 それだけこっちによこしたら渡してやってもいいぞ」
「……了解した。そちらに送ろう。こちらから送るデータの位置に射出してくれ」
「――…確かに受け取った。では、人員の明渡しが終了次第、射出する。
 修理は…5時間以内だ。それ以上は待てんぞ」
そう言うと通信が切れた。スクリーンは真っ黒になる。
「どうやら敵は、名雪伍長をランディール嬢だと勘違いしてるようだな」
「あのバカ……」
レオンが力なくため息をつく。
「さて、時間も作れたことだし、さっさと作戦立てて行きますか?」
メトロはタバコに火をつけつつ言った。


「はぁ……」
しぐれは暗い牢屋の中でため息をついた。
「また、ドジやっちゃた…」
もしかしたらこのまま置いていかれて殺されてしまうかもしれない。
そんな思考をかき消すように首を振った。
「はぁ……」
しぐれは再びため息をついた。
そんな時、遠くから足音が近づいてきた。
一人…いや、二人だ。
「オラ!大人しくしてろよ!」
向かい側の牢屋に誰かが入れられる。
牢の番はそいつを入れると去っていった。
「……名雪、いるか?」
「え……レオン君!?」
しぐれは檻に顔を近づけた。
「静かにしろ。どうやらここでよかったらしいな」
「なんで、レオン君が?」
「ああ、お前を助けにな」
「……じゃあ、何で捕まってるの?」
「そういう作戦なんだ」
レオンは不満そうに言う。
「…ちょっと、静かにしなさいよ」
隣から違う声が聞こえた。
「すみま……」
どことなく聞き覚えのある声に、しぐれは目を向けた。
「……あーーーーーー!!!!」
二人は同時に声を上げた。
「なんだ、どうした!?」
「か、海賊!!」
「雪女!!」
海賊―――プリュレ・トリスティアである。
「ハッ、いい様ね!どうせ、ヘマして捕まったんでしょ!」
「む、むぅ…!そういうあなたこそ、なんでここに居るのよ!?」
「ぐ、ぐう…!べ、べつにあんたなんかに関係ないでしょ!ダメパイロット!」
「ひどい!そっちだってこの前負けてたじゃない!」
「っさいわね!3機もあるんだから勝って当然でしょ!
 あんた一人じゃ、百億年かかっても私には勝てないわよ!」
「むぅ!私だって…!」
二人の少女がにらみ合いをしていると、
「お前ら、うるさいわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
先ほどの牢の番が叫んだ。

バタンと鉄の扉が閉まる。
「今度こそ大人しくしてろよ!!」
先ほどよりも防音性の高い牢屋に閉じ込められた。
「あんたのせいよ!」
「あなたのせいでしょ!」
二人がにらみ合うと、
「どっちも悪い」
冷静なツッコミ。一人はレオン、もう一人は――
「…そっちは、誰だ?」
「あなたこそ、誰です?」
蒼い髪の少女だった。


「私から自己紹介しましょうか。星海蒼奈です。齢は19。この子の姉のようなものです」
後に結んだ蒼い髪に透き通るような金の瞳。凛とした雰囲気を漂わせる少女が言う。
「えっと、丁寧にどうも」
プリュレと違い清楚でとても海賊とは思えない仕草に、しぐれは困惑していた。
そして、その金色の眼に魅入られていた。
「綺麗な眼ですね」
「どうもありがとうございます。それではプリュレ、次はあなたですよ」
「え〜…」
「してください」
プリュレは蒼奈に頭が上がらないのか、しぶしぶ自己紹介を始める。
「ったく、しょうがないなぁ…。プリュレ・トリスティア。大体16歳くらい。パイレーツコメットのパイロット。以上」
プリュレは言うとそっぽを向いた。
朱い髪に朱い瞳。アクセントに黒いリボン。
行動的な言動の割に、ゴシックロリータ系の黒い服装。
全体的に白い服装のしぐれとはほぼ対極だった。
「すみません。この子、悪い子じゃないんです」
「は、はぁ…」
レオンもさすがに戸惑っていた。
「えっと、私は名雪しぐれです。18歳で…ヴェールスノーのパイロットです」
「聞いてます。あなたが雪女さんですね」
「雪女?」
「あなたのコードネームですよ」
どうやら敵はしぐれとヴェールスノーを雪女と呼んでいるらしい。
「それで…あの…こちらの……男性は?」
蒼奈はやけにおどろおどろしく喋った。
「レオン・ビスケット…少尉だ。それから…さっきから俺を見ては脅えてるようなのは気のせいか?」
「!!」
蒼奈はビクッと振るえる。
「蒼奈姉は男苦手なのよ。近づかないでよ?」
「……わかった」
「すみません…」
「いや、苦手なものは誰にだってある」
レオンにも苦手なものはある。もっとも、他人には話さないが。
「それで、これからどうするの?レオン君」
「それなんだが……しばらく寝てろ」
「ふえ?」
「いいから寝てろ。お前達も休んだ方がいい」
レオンはそう言うと、プリュレ達と対角になるようにして場所を取り、そこに座って目を閉じた。
「だだだ、ダメですよ!と、殿方と、おお、同じ部屋で寝るなんて、そんな……」
「同じ部屋で寝るだけじゃない」
「そ、それが良くないんです!!ああああ、なんてことでしょう……」
蒼奈は顔を真っ赤にして言う。
「えっと、私は…どこに寝ようかしら」
海賊の近くは……やっぱり怖い。
かといってレオンの近くも……どうかと思う。
で、迷った挙句。
「レオン君、隣に座るわね」
「ああ。さっさと休め」
しばらくしてレオンはあっさりと眠ったようだ。図太いと言うかなんと言うか。
まぁ、時間的にも夜である。しぐれもさすがに眠かった。
レオンにもたれかかる様にすると、小さな寝息を立てだした。


どれくらいの時間が経ったのだろう?
「ん…」
しぐれはゆっくりと目を覚ました。
「………」
目の前に居るレオンと目が合う。
「……えっと、おはよう?」
「……ああ、おはよう」
レオンは恥ずかしそうにあさっての方向を向く。
「……何してたの?」
「別に。なんでもいいだろ」
しぐれはあからさまに不審そうな目でレオンを見る。
「……人の寝顔を見るなんて、あまり良い趣味だとは思えないけど」
「しつこい…」
そんな感じで言いあっていると、反対側の二人が目を覚ます。
「ん…うるさいわよ」
「……ほはおうごじゃいまふ……」
「呂律が回ってないぞ…」
どうやら蒼奈は寝起きが良くないらしい。
「ほら、蒼奈姉。男の人男の人」
プリュレがレオンを指差すと蒼奈ははっと目を覚ますなり叫びまわる。
「い、いやぁぁあ!だめぇぇえ!!あうあうあうあうあう〜〜〜〜!!」
「何もしてないって!」
「きゃぁぁあ〜〜〜!!」
レオンは珍しく冷や汗を掻いて慌てふためく。
自分のせいで困っているのに自分はなにも出来ないのだ。
「わ、私を食べても、美味しくありませんよっ!!?」
「いや、食べないから!というか、食べれないし!!」
騒ぎを起こした張本人は面白そうに笑っている。
「あっはは、大丈夫よ。蒼奈姉、ちゃんと目覚めた?」
「はうう……。ひどいです……プリュレ……」
蒼奈はやっと落ち着きを取り戻し、肩を落とす。
「あー、えっと……悪いことをした」
「……いえ、お見苦しいところをお見せしました。……それより、どうしたんですか?」
「ああ、そろそろ時間だからな」
レオンは備え付けの時計を指した。
「それで、これからどうするの?レオン君」
「ああ、そろそろだと思うんだが…」
レオンがそう言ったとき、どこからか紙が一枚、降ってきた。
「……トランプ、ですか?」
「来たみたいだな。真ん中、空けてくれ」
「? 何する気よ?」
しぐれ達は言うとおりに部屋の真ん中からどく。
すると―――


「月よりの使者、怪盗エクレール、ただいま参上!!」

続く
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