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第十章 決闘




「艦長、何を……!?」
「……本気で言ってるんですか?」
金の瞳に空色の髪。芯の通った声で話すのは星海蒼奈。
対するスクリーンに映る男は相変わらず真面目な顔である。冗談や遊びで言ってるのではない。
「切実な願いなんだがな。こちらは未補給状態、戦力も大幅に低下。猫の手でも借りたい思いさ」
女性に手を上げるのは良くないしな、と加える。
「それで、あなた達と手を組めと?」
「強要はしない。だが、エオニアを倒すという意味では利害が一致してるだろう?
 今回も、そして前回も君達はエオニア軍と対峙していた。
 いくらロストテクノロジーがあるとはいえ、単艦ではいつかやられるだろう?」
メトロは誘うが、蒼奈は興味が無いといった風だった。
「ご安心を。私達ブルーコスモス、そしてこのスター・オーシャンはそう簡単に負けはしません。
 そしてあなた方に組み入るつもりもありません」
凛とした声で、真っ直ぐな瞳で、彼女は言葉を放つ。
「私達は戦争をするつもりはありません。私達の目的はロストテクノロジーの研究・普及です。
 エオニア軍と戦うつもりはありませんし、組み入るつもりもありません」
ブルーコスモスは戦うための組織ではない。
ロストテクノロジーを広く普及させるための組織であり、その為の強奪行為である。
もちろんそれは大犯罪とわかっているし、否定するつもりも無い。
だが、それでも一部のみの人間にその力を使われるのは嫌なのだ。
単純な理由ではあるが、同じような組織はこの宇宙に無数にある。
「しかし、君達は脅威なんだよ。少なくとも、上のものには。
 君達の存在は大きい。おかげで幾つもの勢力が皇国と対峙している」
ブルーコスモスという組織は反皇国勢力のうちでは強い力を持っている。
彼女らが呼びかければ、小規模な戦争くらい起こすことが可能だ。
「だが、それも皇国が具体的な対策を取らなかったせいだ。
 本気でかかれば、数で勝る皇国が勝つのは明白だ」
現在知られている宇宙の9割が皇国の版図である。
皇国内にも勢力はあるが、いずれにせよ皇国に属しているものには違いなかった。
「しかしだ……」
メトロは大げさに言ってみせる。
「エオニア軍はその皇国の主力部隊を破り、王都を壊滅させたんだよ」
「……え?」
「さっき、基地で手に入れた情報さ。ここは辺境だから詳しくは届いてないがね。
 2週間前に既に王都は落ちていたそうだ。情勢もボロボロ。戦力もまとまっていない」
「それならなおさら……皇国と共闘するメリットは無いです」
まだ驚きを抑えられず、低い声で蒼奈が言う。
「君達はあのエオニアの放送を聴いてどう思う?」
メトロが一番聞きたいのはここだ。
これで彼女らとの道が決まると思っている。
「共感はします。ですが、人々の生活を奪ってそれを行うことは許せません。
 私達が言えた事ではありませんが……」
その返答を聞き、メトロは小さく微笑んだ。
「よし、賭けをしよう!」
その一言にブリッジのクルーは、そしてブルーコスモスの方も、全員「はぁ!?」という顔になった。
「勝ったらこちらと同盟を組んでもらう。負けたらこちらにある物、全て譲ろう」
メトロの無茶苦茶な物言いにアリスが口を挟む。
「か、艦長!?何を言っているのですか!!」
「仕方ないだろう。弾薬やミサイルじゃ腹は満たせない。負けると分かってる基地にも戻れない」
メトロは落ち着いた表情で言う。
「何もしないで宇宙のゴミになるのは御免だ。かといって被害を受けるのも御免だ。
 彼らは話を聞く耳もあれば言葉を交わす口もある。できるだけ痛くないように丸く治めるのは道理じゃないかね」
無茶苦茶な言い分にもかかわらず、悪びれもせずに言い切る。
しかし、それだけ追い詰められているということなのだ。
こちらの紋章機はシャドウディスパーが中破、ゴーストレイヴンは起動できるパイロットが負傷。
まともに動けるのはまだパイロットとして未熟なクレアとフィジカル面で劣るしぐれ。
そして搭乗できる機体はヴェールスノーのみである。
紋章機で助けを求めるにも、リスクが多すぎる。
捕まって敵に寝返る可能性は、今回の件で低くないということも分かった。
この状況で単艦で動くのは危険すぎるのだ。
「さぁ、答えを聞かせてもらおうか」
芯の通った声が空気を震わす。
たった数秒間であったが、長い沈黙があったように思えた。
蒼奈はそっと口を開く。


「わかりました。私たちの誇りと自尊心に賭けて、その勝負受けましょう」
はっきりと透きとおった声が通信機越しに聞こえた。
メトロの挑戦を真っ向から受け、その上で勝つつもりなのだ。
「それで賭けの内容は?」
「紋章機の1対1の勝負……というのはどうだろう?そちらにとっても好都合だろう?」
「賭けの賞品を勝負に使うんですか?」
メトロは乾いた笑みを浮かべる。
「そのくらいは見逃してくれないか」
「いいでしょう。次にルールですけど……」
「それはそちらで決めてくれてかまわない。勝負は3時間後、場所は近くのアステロイド帯でどうだ?」
「わかりました。ルールは決定次第すぐに伝えます。では」
プツンと音を立ててスクリーンが黒に染まる。
そこにはいつもと同じく暗い宇宙が映し出されている。
「さて、交渉も成立したし、万事良しかね?」
わざとらしく疲れた表情でため息をつく。
「何処がいいんですか!!海賊にあんな交渉が通じるんですか!?」
「海賊だから、あんな交渉が通じるんだ。意地とプライド、そして宝を見せ付ければ乗ってくるものだ」
アリス中佐はまだ不満気だったものの、一応は納得しようと努力したようだ。
だが、問題はまだ解決していない。
紋章機に乗って戦うのは彼らではないのだ。




「出撃は、名雪伍長にやってもらいたいと思っている」
メトロは直々にしぐれ達のところへと出向いて、賭けのことについて告げた。
「……私で大丈夫なんですか?スフレちゃ……少尉の方がよろしいのでは?」
しぐれは自身無さ気に言う。
今までも戦ってきたが、これほど多くの人の運命を背負って一人で戦うなんてことは無かった。
「……心配することは無いわ。技量は紋章機のH.A.L.O.がカバーしてくれるはずよ……
 貴方には、H.A.L.O.を使いこなす才能があるもの……」
スフレがそう言ってしぐれを励ました。
事実、ここにいる者の中で、紋章機と一番相性がいいのはしぐれであった。
リンク率で言うとクレアが42.3%、スフレが49.8%、レオンが47.9%。
そしてしぐれ一人が飛びぬけて高い68.4%である。
今までの戦いでしぐれが紋章機と渡り合ってきたのはこのリンク率の高さによるものが大きい。
「そうかな……でも、あっちだって……」
「弱気になるな。気持ちで負けていたら、勝てる勝負も負けるぞ。特に紋章機ならな」
「うん……」
「しっかりしろ。皇国を、ロストテクノロジーを守るんだろう?」
「そう……だね。うんっ!私、やってみる!!」
しぐれはグッと拳を握る。
「決まりだな。では頼むぞ」




今回の戦闘において以下の条件を守ること。
一つ、戦艦への攻撃は禁止。
一つ、戦闘エリア外への離脱は禁止。離脱した場合は敗北とみなす。
一つ、勝敗はどちらかが行動不能になるか敗北宣言をしたときに決まる。
以上。


簡単な文章だった。今回の戦闘についてのルールである。
ルールというには自由すぎる、ほとんど実戦の域だった。
説明を受けて、しぐれはヴェールスノーで待機中であった。
「しぐれちゃん、そろそろ時間やね。大丈夫?」
整備班の下で働く花梨が言う。
「うん、大丈夫。いい感じだよ」
ドキドキしている。怖いわけではない。気持ちが高ぶっているのだ。楽しみと言ってもいいかもしれない。
しぐれは待機中の機体を立ち上げる。
――Main system set up. H.A.L.O. standby.――
「 H.A.L.O.リスタート。パイロットデータ、名雪しぐれを参照。ロード」
画面に現れては消える無数のウィンドウ。しぐれはその一つ一つの処理を着々とこなしていく。
(私がやらなきゃ、ここで終わっちゃうんだ。それは嫌。まだ何もできてないのに)
機体がリンクを開始する。それに合わせて機体が各箇所で調整される。
(わたしにできること。ほんの少ししかないけど、貴女が力を貸してくれたら――できるよね、ヴェールスノー……!!)
「名雪、準備はいいか?」
レオンの声がした。そろそろ出撃の時間である。
――Chrno black hole engine, ignition.――
画面に表示されると、パワーが一気に戦闘レベルまで上がった。
「うんっ!いつでも行けるわ!」
「よし……艦長」
レオンはメトロに合図する。それを受けてメトロが指示を下す。
「ヴェールスノー、出撃!」
声と共にシグナルがグリーンへと変わる。
「名雪しぐれ!ヴェールスノー、発進します!!」
カタパルトから射出され、光の光跡を作っていく。
その光は雪のように白い……強い光だった。




「来たわね」
すでにプリュレは戦闘エリアに到着していた。朱色の彗星は肉眼では見えないものの、レーダーでは捕らえている。
「格の違いって奴を教えてあげるわ」
プリュレは自身有り気に言う。
「――自分の無力さなら知ってるわ」
しぐれは自嘲気味に話す。

「へえ、殊勝なことね」
「貴女の強さも多少は知ってるつもりよ。今まで手を抜いてたんでしょ?」
「まぁ、ね。それだけ分かってるなら、話は早いわ。勝たせてもらうよ」
プリュレは気づいていなかった。しぐれの雰囲気がいつもと違うことを。

「……それは無いわ。私、負けないから」

その言葉を皮切りに二人はどちらともなく動き出した。



「どうですか?戦況は」
スター・オーシャンのブリッジで星海蒼奈は問いた。
先ほどパイレーツコメットを送り出して戻ってきたばかりである。
戦闘が始まって既に3分。
ブリッジから格納庫までは距離があるので、走っても2分はかかる。
蒼奈が早足できても5分はかかっていた。
「それが、圧倒的です」
画面に表示されるのは、藍色の機体が一方的に攻撃を受けている姿だった。
以前よりも反応速度、回避のタイミングなどは良くなっているようだが、本気のプリュレの敵ではないのだろう。
反撃をさせる隙もほとんど無い。
「油断は禁物ですよ」
蒼奈の金色の目が怪しく光る。
この瞳は遺伝によるもので、星海の姓を告いでいる証でもある。
特別な力があるわけではない。だが、これを受け継ぐ者は、眼に強い意思が宿っている。
それでいて、全てを見通すような、時に妖艶な、眼である。
蒼奈の眼にヴェールスノーが映る。彼女には一方的にやられているそれが何かを待っている様に見えた。



無数のレーザー光が飛び交う、幾多の爆発が巻き起こるこの宇宙を2機の戦闘機が駆け抜ける。
相変わらずヴェールスノーは押されていた。
エネルギーの消費を抑える為にフィールドを使用しないようにしていたが故に、機体の外部装甲の損傷も増えてきている。
対するパイレーツコメットはほぼ無傷である。
エネルギーや推進剤はヴェールスノーの約2倍近く積んでいるこの機体は補給の心配があまりいらない。
攻撃力もヴェールスノーより高く、相性は抜群にいいのだ。
よって、しぐれの迂闊な攻撃は自身の破滅を近づける結果になるのだ。
しぐれはアステロイドを上手く利用し攻撃を回避する。
しかし、プリュレはその程度のことは簡単に読み、次に大きな一撃を食らわせてくる。
そういう時は、無理に回避せずフィールドでダメージを軽減する。
申し訳程度の反撃をするが、かすることもなく闇へと消えていった。
「よく頑張るけどね!」
パイレーツコメットからのミサイルの雨。間一髪で避けるも、何発かが追ってくる。
さらに前方からはファランクスが待ち受けていた。
回避は不可能と判断。フィールドを展開する間もなく被弾し、突き抜ける。
チャンスはまだ来ない。それまでに余計なエネルギーは使えない。
長期戦が不利な以上、一撃でしとめることが必要である。
チャンスが来るまでは耐え続けなければいけないのだ。
(焦ったら負けちゃう……動ける間は負けじゃないんだから、装甲なんて全部あげるわ。一回で……射止める!)
攻撃を避けながらしぐれが思う。
まったく勝機が無いわけではない。
接近し、動きを止めれば、あるいは――


レーザーガトリングがしぐれ機を狙う。
ヴェールスノーの回避能力は予想以上に高く、なかなか当たることは無い。
メイン武装であるが牽制程度にしか使えないのは少しつらいが、それ以上に強力な武器なら他にもある。
プリュレはミサイルを装填するとタイミングを合わせ発射した。
(戦闘開始からもう9分もかかってるわね……さすがにこっちもエネルギーを気にしないとマズイかな)
9分の間、ヴェールスノーは防戦一方だった。さすがに攻撃してばかりでは消耗もする。
わざと隙を作っても、そう簡単には乗ってこない。やはり、一撃でしとめるつもりのようだ。
だが、そうと分かれば、おかしな行動をさせてはいけない。
動けなくなるその時まで、常に縛り付けておかなければ。
(そう。ずっと動けなくさせればいい。そうすれば勝ちなのよ)
プリュレはそう心の中でつぶやいた。
しかし、それはしぐれも分かっていたことだった。
だから彼女が先手を打つしかなかった。

パイレーツコメットの連続攻撃が一度止んだ瞬間、
ヴェールスノーは即座に反撃した。
先程までとは違う、精度の高い攻撃。
プリュレはギリギリのところでかわす。
「ついに我慢できなくなったかしら!?」
すぐに回避の姿勢に入る。まともに相手にせず、エネルギーを消費させたほうが良い。
しかし、しぐれは追わず、一気に距離を取る。
「?何をする気?」
ヴェールスノーよりもパイレーツコメットのほうが射程は長い。
遠距離戦は有効ではないはずだ。
なら、これは陽動である。そう判断する。
だがそれは間違いだったことに気づく。
「クロノブリザードブラストッ!!」
遠距離からの冷凍波砲による攻撃がプリュレを襲った。
「くぅぅぅ!!」
一瞬気を抜いていたために、回避が遅れ、もろに受けてしまう。
擬装用の装甲が吹き飛ばされ、元のボディが見え隠れする。
動きの止まった隙を突き、しぐれは一気に接近した。
「今よ!!」
ファランクスとレーザーで弾幕を張り動きを封じる。
敵の動きを完全に封じるにはかなり接近する必要がある。
あと距離3000は接近しないといけない。
だが、武器の量では勝るパイレーツコメットがそれを許しはしなかった。
ミサイルの雨が、ガトリングの嵐がヴェールスノーの外部装甲を引き剥がした。
「まだ……いける!」
しぐれは構わず接近する。ファランクスのブレードが破壊されても気にしない。
鬼神の如く迫るしぐれに対し、プリュレは止めを刺すべく、リミッターである外部装甲を外した。
能力が一気に引き出され、全ての攻撃がヴェールスノーを捕らえた。
そして止めとばかりに至近距離でアンカーフックソードをヴェールスノーに叩き込んだ。


ガンッ!!

「きゃぁっ!!」
轟音と共に外部装甲が打ち抜かれる。どうやら深く刺さったらしく内部の装甲までダメージを受けたようだ。
機体が悲鳴をあげ、大きく揺れる。
ダメージは深刻なものだった。
アンカーフックにつながれたしぐれは行動を大きく制限される。
もはや逃げ場は無い。
「もらった!!!」
プリュレはここぞとばかりコメットシャワーを繰り出した。
それだけではない。コメットシャワーで弱らせたフィールドをリボルバーで破壊するのが目的である。
その後の為に、シャワーは二段構えで発射する。
圧倒的な数の彗星がパイレーツコメットの周囲に現れた。
必中の技であるコメットシャワーが突き刺さる。
これでもはや逃げ場は無い。
プリュレは思った。勝てると。
しぐれは感じた。負けると。
だが。



次の瞬間、パイレーツコメットは凍っていた。
その次の瞬間は一面が雪に覆われ、さらに次は青白い光線の吹雪を受けていた。
「そんな!なんで!?」
「ぁぁぁぁああああああ!!!」
響き渡るしぐれの咆哮。無我夢中で攻撃をする。
そこには枷――多重のプロテクトがかけられたはずの外部装甲――を払った天使の姿。
消えていたはずの天使の紋章が、2機の機体から浮かび上がる。
装甲にかけられたプロテクト。それは整備班の責任者しか外せないはずであった。
両者が力を解放し、ぶつかり合う。そこにもはや戦術はなく、力と力による破壊があるのみである。
「こおぉんのぉぉぉ!!!」
「やぁぁぁぁぁあああ!!!」
パイレーツコメットが持てる全ての武器を放つ。
ヴェールスノーがその限りを尽くして漆黒の宇宙を白銀に染める。



そして。




その撃ち合いを時間にして4秒。
その間にヴェールスノーはほぼ全てのエネルギーを放出して、パイレーツコメット及び敵弾を自機ごと凍結。
停止させた―――――――





「……っくしゅんっ!」
しぐれが大きくくしゃみをする。
頬は赤く染まり、瞳は潤んで、鼻からは水がたれている。
つまり、風邪を引いたのだ。
「くしゅんっ!……うう、もう!風邪引かすなんて最低よ、あんた!」
「ふ、ふぇ〜、そんなこと言ったって〜……はくしゅんっ!」
プリュレもまた風邪を引いていた。
原因はもちろんしぐれ。
「まさか、機体システムまで停止させるとはなぁ……」
レオンが呆れ顔で言った。
あの時起こったことを簡単に説明するとこうである。

まず、しぐれ達の勝敗について。
これは「引き分け」と言えば正しいだろうか。
パイレーツコメットの放ったフックが当たった瞬間、しぐれは事前に発動可能にしておいたホワイトヴェールを展開した。
これによりフックを通じてパイレーツコメットを凍結させた。
もちろん、ホワイトヴェールのエリア内でもあった。
すぐさま雪がパイレーツを覆い、動きを鈍らせた。
そこへ全ての攻撃を叩き込んだのである。
ホワイトヴェールのエリア内に入ったこと、そしてフックを使ったことがしぐれのチャンスであった。
しかし、それを全力で行ったためか新たな問題が発生した。

一にヴェールスノーが凍結。これはアンカーフックのダメージが深かったために自機まで巻き込んでしまったからである。
そして二にパイレーツコメットのシステムダウンとヴェールスノーのエネルギー切れ。
これにより、通信及び機内の調節が不可能になった。
気体の温度は確実に冷やされ、スフレ達が回収し解凍、コクピットを開くまでにすっかり冷えてしまった。
よって風邪を引いてしまったのである。

「引き分けの場合を決めてなかったな?」
メトロは心底愉快そうに蒼奈に問いかける。
「……嬉しそうですね」
「そりゃ、君らに一泡吹かせられたからな」
「そ、それって私が負けると思ってたんですか!?」
ずずずと鼻をすすりながらしぐれが言う。
「残念ながら」
「ひ、ヒドイですよ〜……くしゅんっ!」
「冗談だ。君は最高の天使だと信じてたよ」
いつになく上機嫌なメトロを見て蒼奈はため息をつく。
「まったく、おかしな人たちです。こちらまでおかしくなりそう」
そう言って少し微笑えんでから、
「……まぁ、引き分けですから、互いの条件を飲むというのでいいでしょうか?
 そちらは同盟を。こちらは機体の研究を。これで問題ないですか?」
「ああ。そうして貰えると非常に助かる」
「そのかわり、しっかり援助していただきますからね」
「覚悟しておこう。そちらこそ、しっかり働いてもらうからな」
「ええ。覚えておきます」


ここに、トランスバール皇国と海賊「ブルーコスモス」の同盟が締結された。


「ずずず……ああ〜もうっ!バカじゃないのアンタ!!バカバカバ〜カ!!」
「ゔゔ〜……私だってやりたくてやったんじゃないわよぅ……」
そんな重要な話し合いの後ろで鼻声で二人が言い合う。
レベルの低い争いだな、とレオンはまたも呆れていた。





一つ、謎が残る。


しぐれが外部装甲のプロテクトを解除した件である。
花梨はずっとヴェールスノーの機体データと睨めっこしていた。
「う〜ん、どうしてやろ〜?」
しぐれがパスワードを知っているはずが無い。
12桁もある文字の中からたった一つのパスワードを探すのは非常に困難であるはずだった。
もとより、そんなこと試している時間は無かったはずである。
だが外部装甲のプロテクトは解除された。
外部装甲のシステムがダメージで故障したのだろうか?
不幸なしぐれだからこそなせる悪運の力なのだろうか?
それとも――

世の中には「管理者」と呼ばれる者がいる。
ロストテクノロジーを理解し、操る者。
白き月のシャトヤーンと同じく、管理者の力を持ってすれば――

そういえば、これから海賊との交流会がある。
たくさんの料理も出るし、あちらの技術士もいるだろう。
花梨はそのことについてこれ以上考えるのをやめた――――――

続く
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