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餡のロステク捜索 前編


 二人の女性が話し合っていた。宇宙空間にたゆたいし機体――紋章機――の、通信装置を介して。
 一人は二十歳を過ぎたばかりと思われる、黒髪黒瞳の女性。黒髪は腰辺りまであり……それが、容姿は五人並みな彼女を、印象的な物にする結果となっていた。
 ……龍之宮餡(たつのみや・あん)である。
 いつも通りのゆるめな表情を浮かべて、餡はもう一人の少女と、言葉を交わしていた。
 緑髪緑眼、加えて黄緑勝ちな肌という――少なくとも、二十歳は過ぎていない――少女だ。奇妙なことに、その耳は横に大きく伸びて……尖っていた。
 翡翠瑠兎(ひすい・りゅうと)、である。彼女は、ハーフエルフという種族なのだ。
 ハーフエルフ、“森妖精との混血者”……そもそもエルフなどと言う種族が存在するかどうかも疑問視されてはいるが、亜人間――人間を基準とした、蔑称であるが――は、確かに存在する。
 詳しくは、『Galaxy Angel -Moonlit Lovers-』をやれば解ってくれると思う。

 閑話休題。

 とにかく、彼女は彼女である。もちろん人間と同じように生活しても、何も問題ない。話もできるし、冗談も通じる。
 特に餡にとって重要なのは、後ろの部分であった。
 そのため、少々控え目な性格であることも相まって、瑠兎が餡に絡まれ……もとい、餡の話し相手になっているという光景は、〈白き月〉では珍しい物ではないのだった。
 しかし、その〈白き月〉の外でも話しているというのはなんなのだろうか。
「…………なんで、あたし達が一緒なんでしょうね?」
 彼女たちも疑問なようである。
「さて、ねぇ。強いて言うとすれば
1.上層部の決定
2.くじ運が悪かった
3.くじ運が良かった
 さて、どれかしら」
 クイズ番組さながらに抑揚を付けて、餡が言う。変なところで多芸である。
「いえ、直接の原因でしたら……1だと思うんですけど」
 彼女は理由を尋ねているのだ。しかしそれに餡は大真面目に――目は笑っているが――頷いて、
「そうね、私もそう思うわ」
「それは、当然ですよ……というか、くじって何処から出て来たんです?」
「ええと、案外作戦に当たる人員はくじで決めるんじゃないかな、って言う私の妄想」
「ええと……やっぱり、他の人が出払ってるから、なんですかね」
「……突っ込んでくれないと、私は悲しいのだけども」
「妄想なら別に良いじゃないですか!?」
 ばんばん。
 目の前の机――正確には違うのだろうが――を叩く音が響き。責めないで下さいよ、と呟きつつ瑠兎は深く椅子に凭れる。
 と……その間に、餡はしっかりと話の主導権を強奪していた。
「それは兎も角としてよ。部屋に隠ってる子も少なからず居たわよ。……というかそもそも、人手なら余ってるはずだし」
「……ですよね。でも、だったらなんであたし達に……」
 その表情から察するに、仕事で一緒になるのは今回が初めてのようである。
 堂々巡りの様相を呈し始めた話題を、餡が締めくくる。
「ま、その辺も上は馬鹿じゃないから。私と瑠兎ちゃんを出す理由も、ちゃんと存在するんでしょうよ」
 肩を竦めて、言い放つ。瑠兎も、今一つ納得はしかねる様子ではあるが、悩んでいても無駄だとは悟ったのか……頷いた。
「そうです、よね。――あ」
 前方に、何かが見えてきた。瑠兎が思わず声を上げる。
「ええ、見えてきたわね」
「はい。……あれが……」
 あれが、今回ロストテクノロジーがあると思われる惑星。
 惑星…………
「作者が、悩んでるわね。惑星の名前を何にするかで」
「見切り発車するからこうなるんですよねぇ……」
「あら、結構言うようになったのね、瑠兎ちゃんも」
「餡さんに鍛えられましたからね……」
 ともあれ。
 姦しい彼女達は、きゃいきゃいと騒ぎながら向かうのであった。
 惑星、“エルダナーン”へと。
「これを決めるのだけで一月近く止まってるってのは、どうなのかしらね?」
 お願いだから何も言わないで下さい。


「案外、と言うかなんというか。……普通ですね」
 露店で購入した飲み物を片手に、瑠兎が口を開く。
「そうねぇ、普通と言えば普通ね……瑠兎ちゃんが言うとは、ちょっと驚きだけれども」
 こちらは氷菓を片手に。
 ちなみに彼女たちの台詞の『……』は、それぞれの甘味を味わっている部分である。
「それは言いっこナシですよ?」
 瑠兎が、僅かな苦笑と共に返した。それに、餡は沈黙で答える。
 瑠兎は、前述の通りハーフエルフである。
 さらに言えば、育ちはトランスバール星系ですらない。もっとも、だからこその異種族とも言えるが……それはさておき、その文化の違いには並々ならぬものがあった。
 今でこそ落ち着いてはいるが、当初は自他伴って、苦労が絶えなかったものである。
「あたしも、いろいろなことを学びましたからね……」
 少々、遠い目をする瑠兎。
「えーと、今回のロステクは……っと」
 それを完全に眼中の外に追いやり、改めて任務内容を確認する餡。
「あの、餡さん?」
「……なぁに?」
 目線は手元にやったままである。
「相手して下さいよぅ」
「して良いの?」
 飽くまでさり気なく……しかし思い切り目を笑みの形に固定させ、餡が振り向いた。
「え、ええとぉ、それはその」
 流石に勘付いたらしい。瑠兎は口ごもる。
 が……悲しいかな、餡はそれほど気の長い方ではなかった。
「瑠兎ちゃん、覚えてるかしら?
 あの頃、と言ってもそれほど昔でもないけれども貴女はそりゃあもう――――」

 黒髪の女性と、緑髪の少女との雑談はそれから一時間ほど観測され続けたという。


【中編】へ続く。
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