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餡のロステク捜索 中編


 周囲には、武装した兵士と高貴な装飾品。前を向けば、これまた貴き人であることを主張するような服装の男性。
 餡と瑠兎の二人は、王宮に来ていた。
「トランスバールの命により、この星でのロストテクノロジーの探索許可を頂きたく思い、参上した次第で御座います」
 流れるような、涼やかな女性の声。
 その音色には確かに気品じみた物があった。が、同時に、微妙に混じる気安さにその全てが粉砕されている。
 龍之宮餡である。
 もはやなんでもありな感が漂うが……彼女の多芸ぶりは余所行きの声音にまで及んでいた。
(餡さん……凄いなぁ)
 その堂々とした立ち居振る舞いには、王と呼ばれる者には及ばないまでも、十二分にこの場に相応しい雰囲気が感じられる。
 単純に、緊張などと言ったモノとは無縁なだけなのだが。
 それでも、そう言ったモノに弱い彼女――翡翠瑠兎――からすれば、尊敬に値するのだった。
 目の前では、無事に謁見が終わりつつある。
 もともと軍の方で、根回しは済んでいるのだ。
 ここで交渉をするわけではない。することはただの確認である。
 だけど、だからと言って緊張するモノは緊張するのだ。
『普通にしていれば、普通に終わるから』とは、餡が謁見の直前に放った助言である――が。

 そう言われるのは普通に出来ないからであって。

 緊張ってなんとか出来ないからみんな苦労してるんだし。

 だいたい餡さんは面の皮が厚いんですよ。頭蓋骨より厚くないですか?

 話しているわけでもないのに、顔が赤く染まっている瑠兎にしてみれば、全く動じる様子のない餡が恨めしく思えるのも無理はない。
 何はともあれ、そのまま謁見が終わると思われた……時だった。
「時に、トランスバールの使者よ」
「――? っあ、はい」
 餡の返事が乱れる。無理もない。あとは終わるだけと思って、気を抜き始めていたのだから。
 もう、形式的に話すべき事は終わったはず。それとも見落としがあって、まだ本当はやることがあるのだろうか。いや、――こちらの驚きを訝しむ様子はない。
 と言う事は、やっぱりこれは予定外の事項なのだろう。
 その考えを裏付けるように、王は微苦笑を浮かべながら……言葉を続けた。
「この星には、ロストテクノロジーなど無い」
「「は?」」
 思わず、そんな失礼な返答をしてしまう。……が、王は構わずに続ける。
「貴殿らの捜索も無駄に終わることと思う」
「「はぁ……」」
 茫然自失。
 今の彼女たちを表すのには、この言葉が一番近いだろう。
 少なくとも、二度続けて失礼な返答を返してしまうほどには、二人は混乱していた。
 ともあれ、終わりが見えぬままに、会話――と言うよりは語りか――は続く。
「せっかくの客人に無駄足を踏ませるのは我々としても心苦しい。故に――」
 と、そこで王は側近の一人と目を合わせた。何やら確認した後、
「既に、歓待の準備が出来ている。……直ぐに帰ることも出来ぬのであろう? ならば、数日間ゆるりと過ごすのが、良いと思うのだが」
 どうだ?……そう言って、王は口を閉じる。
 餡は、実に穏やかな笑みと共に、言い放った。
「――つまり、賄賂ですね?」
「餡さんっ!?」
 あんまりと言えばあんまりな餡の返答。にわかに、側に待機していた兵士達が色めき立つ。
「良いのだ。言い方を変えれば、そうなるのは私とて承知している」
 それを止めたのは、他ならぬ王自身だった。
「でも、それでも……ですか?」
 餡が追求する。疑問を消すために、と言うよりは、この特殊な状況を楽しみたいがためか。
「そうだ」
 王は、眉一つ動かさず。揺らぐことのない返答を返した。
 餡は――一言。
「お受けしかねます」
 そう、言ったのだった。


 瑠兎の、王宮を出ての第一声。
「……寿命が縮まりました」
 気がします、ではなく断言した辺りに疲弊の具合が見て取れる。
「まぁ、とりあえず無事に済んでよかったじゃないの」
 餡は、そう軽く言ってくれるが……。
 あの後。
 謁見は、王がただ「そうか」とだけ言った後は、予定通りに進行した。
 だが、瑠兎は覚えている。去り際に見た、側近達の苦い顔を。アレは、間違いなく自分たちに向けられていた悪感情だ。
 無理も、無い。
 王が、わざわざ予定をねじ曲げて言い放ったことなのだから。
 歓迎の準備も、勅命(多分)で進められていたようだし。
 それを、蹴ったのだ。
 無礼に思われても、無理はない。
 そう思えるのは、愛国心……いや、寧ろ王に対する忠誠心ゆえだろう。
 そこまで考えて、この星は安泰だな、などと思う瑠兎である。
 何となく、羨望を覚えた。何だろう。やけに、強い、この感情は――。
「――瑠兎ちゃん?」
 ……と、いつの間にか足が止まっていたらしい。だいぶ先行してしまった瑠兎から、声がかかる。
「あ、すいませーん」
 ぱたぱた。不思議そうな餡の視線に照れ笑いで応え、瑠兎は走っていく。
「ま、良いけどね。――さて」
 餡も、特にそれ以上は追求してこなかった。また、歩み始める。
 ――そして、最後の一言で少々雰囲気を変えた。
「ロストテクノロジーの所在……ですね?」
 瑠兎も、それを察して貌を引き締める。
「ええ。王様があんな風に言ってくれた以上は、生半可な場所じゃ見つからないでしょうけれども」
 餡の場合は、真面目な雰囲気だろうが何だろうが笑っているが……まぁ良しとしよう。
「でも、必ずどこかに在る、と」
 形こそ問い掛けだが、語調は確認のそれだった。餡は、笑みを濃くする。
「そうね。あんな態度をとってくれちゃ、そう思わざるを得ないでしょ」
「ちょっと気になったんですけど、あんな怪しい申し出を受ける人なんて、いると思ったんでしょうか? 理由付けも、変な感じだったし」
「んー。多分、私たちを試したとか、そんな感じじゃないかしら? 少なくとも、それくらいは期待に応えてもらわないことには、ロステクは渡せないとか……そんなところでしょ」
「……あれくらいで、テストになるんですかね?」
「瑠兎ちゃん、確か『寿命が縮まった』とか言ってたわよね。もちろん、私が場の雰囲気を荒立てたからでしょうけど……たぶん、普通の人はそれくらい緊張するんじゃない?
 王様の申し出を断る、って言うのには」
「あ……確かに、私一人だったら断れなかったかも……」
 瑠兎が、苦笑する。
 それはどちらかと言えば、餡が言った「普通の人」に向けられた物だったが。
「やんわりと拒絶しても、多分かなり食い下がってきていたと思うわよ。私の場合は、最初に斬り捨てたのが良かったのかしら」
 などと、餡は勝因(と思しき要因)をあげる。うん、と一つ頷き。
 そして、さらに言葉を続ける。
「兎も角、その程度は乗り切ってもらわないとお話にならない……それは即ち、乗り切らねば見つけることは叶わないってことね」
「ロステクの場所のヒントになるってことですね」
「その通りよ。……まぁ、それが本当に単なる誘導なのか、が問題だけれども」
「ですね……。深く考えすぎれば、意味が無くなりますし」
 つまりは、何も判っていないのも同義、か。
 ――しかし。
「それでもともとよ」
「それもそうですね」
 この仕事というのは、そう言うことだ。
 手掛かり皆無の状況から、星を丸ごと洗い出す……そんなの、どうと言うことはない。
 ゼロならば、まだ良い……そう言えるのが、エンジェル隊の職場環境だった。

「あら……前向きな思考をしてるはずなのに、なんで悲しくなってくるのかしら」
「……理由を突き詰めるとますます悲しくなりますから、ここら辺で止めておきましょう」
「そうね」

【後編】へ続く。
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