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月の導き


第8話 「キヲク」


漆黒の闇…
光も無く、物も無く、命も無い闇。
キュアンはその中にいた。

「…俺はどうなったんだ?」

自分の手を見つめるが何もかもが闇に包まれそのものすら感じることが出来ない。

(死んだのか?それとも生きているのか?)

それすら自分自身では認識することが出来ない。
ただ広がるのは闇のみ。

「暗黒地獄って訳か…確かに今までろくなことして生きてなかったのかもな…」

何も見えない闇を見上げてみる。

「何でこんなことになってしまったんだろうな。
…パイナ、ベルギー。」

深い闇の中今までのことを思い返すキュアンだった。

「アニスにB.K.。3ヶ月一緒にいたのに何一つ分からなかったな。」

「…知りたい?」
「誰だ!!」

自分とは別の声が聞こえその方向に振り向く。
何も無かったはずの闇の中から一人の少女が現れる。
年は10歳前後の幼い少女だ。
漆黒のショートカットに光すら吸い込んでしまいそうな漆黒の瞳。
しかし見た目とは裏腹に彼女がかもし出す雰囲気はまるでB.K.と同じ様なものを感じた。

「まったく今度の来客者は態度が悪いな〜」
「誰だてめえ!」
「そういう時は自分から名乗るものだよ。」
「…俺の名前はキュウィー・アンティークだ。」
「よろしい。私の名前はそうね〜差し詰めメリアとでも呼んで頂戴。」
「差し詰め?どういうことだ?」
「男なら細かいこと気にしないの。」
「ところでここはどこなんだ?」
「あれ?自分の意思でここに来たのじゃないんだ。仕方ないから説明してあげるよ。
ここはアナザーライブラリー。」

メリアは指をパチンと鳴らすとそれと同時に闇は溶け、巨大な図書館が現れた。

「なんだ!?」
「だから言ったでしょ。ここは『もう一つの図書館』。
ここには『CHAOS』の情報をはじめ技術録やその資料があるの。
まあわかり易く言えばあなたが乗っている紋章機とかね。」
「『CHAOS』?なんだそれは?」
「う〜鈍い男ね。あんた達が戦っていた敵のことよ。もっとわかり易く言えば白騎士達のことよ。」
「…そういえば『今度の』とか言っていたが他に誰か来たのか?」
「そうね。最近ならアニスちゃんかな。」
「アニスもここに来たのか!?」
「まあね。でも本人はもう忘れてしまっていると思うよ。」
「どうして?」
「アニスちゃんの魂がまだ実体化していないかったみたいだからね。」
「お前はあいつらのことどこまで知っているんだ?」
「ほぼ全部かな。でも、アイツから口止めされてるから全部は言えないけどね〜♪」
「アイツ?」
「う〜いちいち説明させるの。あんた達がB.K.って呼んでいる男よ。」
「本当にどこまで知っているんだよあんたは。」
「ここ『アナザーライブラリー』にはCHAOSの情報の他にもここには人の魂の情報。
つまり記憶とかも一緒に保管されてるのよ。
その人間が忘れてしまった記憶。生まれる前の前世の記憶。様々な人のね。」
「そんなものが…」
「あるのよ。実際にね。まあ詳しい事は入ってみれば分かるって。」

メリアは軽く陣を切ると図書館の扉が大きな音を立て開いていった。
キュアンはメリアに導かれるように内部へと入っていく。
アナザーライブラリー。その内部は名前の通り巨大な図書館だった。
キュアンの背丈の数倍のサイズの本棚に敷き詰められた大量の本。
そしてその中には魚とも妖精ともいえない奇妙な生き物達がその本と取り出しや整頓を行なっていた。
まさに夢の中にいるような世界だった。
ためしに自分の頬を思いっきりつねってみるキュアンだった。

「いて。夢じゃないのか?」
「う〜ん半分あたりで半分は間違いかな。ここの空間は一種の亜空間みたいなものだからね。
それよりそろそろ着くよ。」

メリアが指した方向には更に古い感じの扉がありそこには『キヲクの間』と刻まれていた。
そしてその扉を開くと初めにいたあの漆黒の空間が広がっていた。

「おい、本当にここなのか?」
「もちろん!それじゃ行ってらっしゃい〜♪」

メリアはキュアンを背後から突き飛ばし闇の中へと放り込んだ。

「おい!お前ぇぇ…」

キュアンの叫び声も闇の中へと消えていった。








再び闇の世界に飲み込まれる…







雨が降る廃墟の街。
そこには人はおろか生命の気配すら感じられない廃墟。
そんな中に一人の少年が無言で空を見上げていた。
銀髪の少年。
そしてその両手には自分の身の丈もあるニ振りの刀。
それだけが不自然かつ、奇妙であった。

少年はただ空を見続ける。

雨は次第に勢いを増していった。

雨音に混じり遠くで大きな物音が聞こえてきた。
一つではない…
複数。それもかなりの数である。

しばらくして雨の中にソレが現れた。
赤く染められた鎧。その手には対戦車用エネルギーライフル。そしてみな同じような動き。

機械兵士であった。
その数有に1000は超えている。
そしてその後方には巨大な戦車が十数台配置されていた。
機械兵士は行進を止め少年に向けて構える。


機械兵士は皆同じタイミングでその引き金を引く。
その瞬間と同じタイミングで少年は跳んだ。

少年は瞬時に敵の機械兵士の陣営内に突入し、その二振りの刀で切り刻んでいく。
その刀は機械兵士の装甲をまるでバターを切るがごとく切り裂いていく。

機械兵士もまた、瞬時にライフルを手放し、腕に隠されたレーザーブレードを放ち少年に襲いかかる。
しかし、少年はそれよりも速く機械兵士の身体を切り刻んでいく。
少年は突如構え方を変えた。

「…双陣の舞…。」

少年は軽く呟き、ニ振りの刀を一気に振り放った。
破壊の衝撃波は機械兵士を次々と襲い粉々に粉砕していく。

この様子に後方の戦車部隊は突如攻撃を開始する。
十数機によるビームによる砲撃。
少年は何一つ迷うことなく立ち向かっていく。

そして信じられない光景が繰り広げられる。

戦車から放たれたビームを少年は切り裂いてしまったのであった。
ただ切り裂いただけではない。
それと同時ほぼ同時に左の刀は薄紫に輝きながら光を吸収しているようであった。
そして反対に右の刀は光を放ち始めていた。

再び少年は跳ぶ。

先ほどとは比べ物にならない速さだ。
はるか後方にいたはずの戦車まで跳んだのだ。
そのまま一刀両断。
そして再び跳躍。破壊。これを繰り返していく。


「…最後。」

少年が最後の一機を切るとほぼ同時に大爆発を起こした。
最後の戦車は自爆したのだ。
少年もまたその爆煙の中にその姿を消していった。











声が聞こえる…
少年は目を開く。
目の前は朦朧としはっきりしない。
ただ誰かがそこにいた。
しかしそれを確認することなく少年は再び目を閉じていく…










少年は目を覚ます。
見覚えのない古い木造の建物。
周囲は薄暗く、ただ小さな照明が点いているだけであった。
少し動くとベッドがギシリと音をたてる。

少年はその身体を動かそうとする。

「…つ。」

しかし、思いもよらぬ激痛が両足を襲った。

改めて自分の足を見る少年。
少年の両足には包帯が巻きつけられており、まだ血の跡がにじみ出ていた。
そのほかにも身体の至る箇所にも包帯が巻きつかれていた。

もう一度少年が立ち上がろうとした時、家のドアが開いた。

「あ、君。」

黒髪の女性が手に持っていた荷物を手放し慌てて少年の元へ駆け寄った。

「まだ足のケガ、治ってないから。」

女性はベッドから起き上がろうとする少年を再び寝かせた。
女性は一息ついて、

「私はリン。君、機械の残骸に挟まれていたの。覚えてる?」

少年は無言で軽くうなずいた。

再び家のドアが開いた。
今度は中年の女性だ。

「おや、あの子起きたのかい?」
「あ、マスカおばさん。」
「ほら、この子が起きたんだから何か作ってあげなよ。」
「はい!」

女性は元気よく答えキッチンの方へ走っていった。
その間に中年の女性は少年の元へ寄ってきた。

「大丈夫かい?私はマスカ。皆はマスカおばさんと呼んでるよ。お前さんは?」

少年は口を閉じたまま何も喋ろうとはしなかった。

「まあ、今はショックが大きいのかもしれないね。無理に聞いてすまなかったね。
それにしてもお前さん、フェイちゃんに似ているね。」

少年は不思議そうにマスカおばさんをみる。

「フェイちゃんってのはね、リンちゃんの弟のことだよ。元々身体が弱くてね。1ヶ月前に病気で死んじゃったのよ。」

その後マスカおばさんは少年に話し続けた。
その間にリンは料理を作り終え、少年の元へと運んできた。

「おまたせ。」

お盆にはスープとパンが乗せられていた。

「冷めないうちにどうぞ。」

少年はそのお盆を見ると。

「…食べなくても…問題ない…」
「遠慮しなくていいだよ。」
「そうよ。だれも取ったりしないから。」

少年はスープを一口。

「どう?」

「…温かい…」

少年は今まで感じたことのないような温かさをこのスープから感じた。
その後少年は最後までリンの出した料理を食べた。

「…なぜだ…お前達には敵意がない…」
「敵意?おかしいこと言う子だね。この街じゃ困った時はお互い様さ。だから気にしなくていいんだよ。」
「そうだよ。だから今は自分の身体を治すことに集中すればいいよ。」

リンは少年の頭をなでながら話した。

「…」

そして少年は静かに眠りに付いた。
今までに感じたことないほどの安らぎと共に…
今日も雨は降り続けていた…






次の日…

リンは少年の寝ている部屋へと向かった。

「おはよ。」

ドアを開けると少年はベットから離れ窓から雨の降る空を見つめていた。

「あ、君、まだ寝てないと。」

リンは少年の元へと駆け寄った。

「…もう大丈夫だ…」

少年は体に巻きつけられた包帯を解くと昨日まであった傷がほとんど消えていた。
リンは驚いた様子ではあったが…

「まだ寝てないと…」
「…もう問題ない。それに行かないと…」
「行くってどこへ行くの?」

少年はそれから口を開こうとはしなかった。

「分かったわ。なら私もそこへ行くわ。それなら問題ないでしょ。」

少年はリンの突然の発言に驚く。

「そしたらそんな格好じゃ外に出られないよね。」

するとリンは近くにあったタンスから一着の服を取り出す。
それを少年に着せた。

「うん。ピッタリ。」

その服は少年の体にほぼ丁度のサイズであった。

2人は同じ傘に入り家を出た。


街を歩くといたるところに傷があった。
少年は知っているこの街の傷の正体を。
なぜならこの傷は少年とあの機械兵士により付いたものであった。
昨日の騒ぎの為か街には軍人の姿が多く見られた。

「EDENの精鋭部隊がCHAOSに負けたらしいぜ。
何でも今回はCHAOSは『魔王』を送りこんだとか…」
「マジかよ。そしたらこの惑星も終わりだな。まあ俺は今日の便でオサラバだから関係ないけどな。」
「ここに住んでいる人は悪いが、俺達も命が惜しいんでな。」

2人の軍人はリンと少年の姿を見ると…

「おい!お前達そこで何をしている!ここは立入禁止区域だぞ!!」

その手に持っている銃を2人に向けた。

「今の話…どういうことですか!」

リンは今の軍人の話を聞き怒りの声を出す。

「ちっ、聞かれてしまったか。どうせ『魔王』に殺される運命だ。」

片方の軍人は銃の引き金を引く。
周囲に銃声が鳴り響いた。





リンは目を開ける。
そこには縦に両断された軍人がいた。

「きゃぁぁ!!」

思わず悲鳴を上げるリンだった。

そしてその背後から13歳くらいの少女が立っていた。
神秘的な新緑の瞳と髪。
そしてその手には身の丈をゆうに越える一振りの大剣があった。

「お前にしては遅かったから見に来てみればこんなことか…」

「お、お前は、な、な、何者だ!?」

もう一人の軍人は声を震えさせて少女に問う。

「あたしかい?あたしはCHAOSの十天司の一人さ。」

「まさかこんな惑星にCHAOSの十天司が二人も!!」

軍人がそう叫んだときその右腕が宙を舞う。
軍人の悲痛の叫び声が街になり響く。

「2人じゃなくて3人なんだな。」

今度は蒼い長髪の青年が立っていた。
その手には長い槍があった。

「別にお前まで来なくても良かったじゃないか?」
「あの『魔王』様が時間を守らないなんて興味があってね。」

「『魔王』あなた達一体なにを…」
「すぐそばにいるじゃない。あなたのそばに。」

少女が指差した方向にはあの少年だった。
リンは少年を見る。
しかし少年はただ口を閉ざしたままであった。

「この子がCHAOSの『魔王』!?」
「EDENまであと少しだ。行くぞ。」

「こ、この化け物め!!」

軍人は残った片腕で地面に落ちていたライフルを拾い撃ち放つ。

「ゴミが…」

青年は神速の速さで槍を振るう。
その衝撃破により軍人は跡形も無く消し飛んだ。
そしてそのうちの残骸の一つが二人を目掛け飛んでくる。

「君、危ない!!」

リンは傘を手放し少年を庇うように覆いかぶさった。
残骸はリンの下腹部に刺さりそこからは大量の血が流れ出す。

「君、大丈夫?」

少年は無言でうなずく。

「そう、良かった。今度は守れたんだ私…」

少年はリンを抱きかかえた。

(なんだろう…この感覚は…。)

「おい、方が付いたろ。行くぞ『魔王』様。」

(何故だ?この人は何故僕を庇ったんだ?)

「今度の作戦は楽になりそうだな。」

(分からない…。でも…)

「なに立っているんだ?早く来い。」

ぎゅっと握り閉める彼女の手が離せない…
僕は一体誰だ?



CHAOSの十天司…



『魔王』…


 
…違う!…



僕は!




其の名深き破滅の力と知れ…

我は闇の魔を統べる者なり…

我は光の魔を統べる者なり…

全ては我の力に…

故に我は魔を統べるものなり…


「うわああぁぁぁ!!!」

空が叫ぶ。

大地が叫ぶ。

恐怖に叫ぶ。

彼の力に。


「どうした!!」


「我に集え、二つの月…神月、満月」

少年が静かにつぶやくと音も無く二振りの刀が現れる。
少年は静かに立ち上がり刀を握りしめる。

「まさか!裏切るつもりか!!!」

少女と青年は自分の武器を構える。
閃光の一撃が二人を襲う。

「なんて力だ!!信じられん!」

二人がかりで何とか受け止める。
そして大地はその衝撃破で遥か彼方まで亀裂が入る。

「貴様!!」

少女は再び剣を構える。

「流応布陣…天静の舞!!」

少女の剣から放たれる衝撃破は周囲の建物ごとことごとく破壊していく。

「はぁはぁ。これなら…」
「緑!!後ろだ!!」

青年の声に反応して少女は瞬時に振り向き剣を構える。

「流応布陣…秘儀・刻流転翔の太刀。」

世界が闇に包まれていく…

「まずい!!」

見えない刃が少女を襲う。
少女も剣を振るうしかし闇より発せられる無規則の刃にその大剣も砕かれていく。

「馬鹿な!パルティオンが!!」
「緑!下がれ!!」

蒼の青年が少女の助けに入り、何とか食い止めた。

「ああ、分かった…」

少女は傷を抑えながら胸のペンダントを叩く。
すると少女は光の中に消える。

「お前とは一度全力で戦ってみたいと思っていた。
まさかこんな形で叶うとはな…。」

少年は無言で青年に刀を向ける。

「問答無用という訳か…面白い!」

青年も槍を構える。

二人の中間の水溜りに一粒の大きな雨が落ちる。
水滴がその水面に付いた瞬間…



黒と蒼の閃光が交差する。




「信じられん…ぐはっ。」

蒼の青年はその場で倒れこむ。
そして蒼が赤へと変わっていく。

少年は二振りの刀を地面に突き刺すとリンの元へ駆け寄った。

「君って…凄いんだね。」

少年は無言でリンの手を握り締める。

「ねえ、最期にさ…君の名前を教えてくれない?」

リンの体温が無くなっていく感じが少年にははっきりとわかった。

「僕の名前は…」

「うん…」

「バ……ル……ディ……」

雨音にかき消される少年の声。














少年はただソラを見上げる。

雨の降るこの場所で、再び…


「雨とはなんて冷たいのだろう…」

少年はずっと空を見上げていた。
その涙を隠すように…






次回予告
けして忘れない。忘れることが出来ない思い出。
人はただそれを背負いながら生きる。
今も未来も…

第9話「忘れえぬ思い出」
大いなる月の加護があらんことを…


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